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街路樹に生態系はあるか?~街路樹サミットから見えた世界

田中淳夫森林ジャーナリスト
丸の内の街路樹。木陰を提供しているが、管理には悩みが多い。(ペイレスイメージズ/アフロ)

大阪で開かれた街路樹サミットに顔を出した。

東京に続いて2度目の開催だったが、テーマは「今の街路樹の在り方」を問うものだった。

少し気をつけて見れば、大きく伸びた枝をぶつ切りにされた街路樹は数多い。なかには電信柱のように幹だけにされたり、梢さえもぶった伐られたケースも見かける。一方で根がアスファルトを持ち上げるなど不健康な街路樹の管理が目立つ。

そうした「残念な街路樹」に関しては、私も昨年本欄で報告している。

そんな現状に疑問や異議を持つ造園関係者や樹木医、研究者などが集まって開かれたのであった。

そこでは、なぜ無粋な管理が行われるのか、という現場の報告があった。

まず街路樹を管轄するのは、たいていの自治体で土木部門であることだ。なぜなら街路樹は都市緑地と言っても、公園や民間施設緑地ではなく、道路の付属物として設けられているからである。

そのため街路樹の管理も土木業者が請け負うことが多くて、樹木の扱い方に十分慣れていないケースがあるらしい。そこに「電線に枝が触れた」「標識が見えない」「敷地を越境した」「毛虫が発生した」「落葉が邪魔」などのクレームが来ると、機械的に枝や梢を切断することになる。緑地部門に移管されても、庁内の連携不足や、頻繁な配置転換で専門家が育たない、知識不足、予算不足……とないない尽くし。また業者側も、効率重視や仕様書から外れないことを意識しすぎて、より良く管理する発想がない。

……と、なかなか難問だらけで、一朝一夕で解決することは難しそうだ。

ところで、私が興味を持ったのは「街路樹に生態系はあるか」という点である。

生態系とは、1種類の生き物ではなく、周辺の生き物や空気や水も含めた環境のシステム全体を指す。たとえば森林生態系は、樹木だけでなく草も虫も鳥獣、それに菌類も加わり、そこに地形や地質、気候……なども含めて考える。それによって生物多様性や水源涵養機能……そして豊かな景観が形成されるのだ。

しかし多くの街路樹は、都市部の中で線として、いや点の連なりとしての緑でしかない。しかも多くは、周りをアスファルトで覆われ草も生えないようにされる。実が落ちて稚樹が育つこともない。樹木の種類も樹齢もほぼ同一のものが並ぶ。単体の樹木だけなら大きな盆栽と同じである。そこに無粋な剪定が行われたら景観としてもみっともない。

せめて点ではなく帯として、できれば幅が5メートル以上あって樹木の下に草が生えないと、街路樹に森林と同じような役割は生れないだろう。

しかし、サミットでは街路樹と鳥類との関係についての発表もあった(京都府立大学の福井亘准教授)。

京都市の街路で調査したところ、街路樹が豊富な通りほど鳥類が豊富であった。木陰は鳥類の休憩する場所となり、移動を助けているだけでなく、枝葉にいる昆虫類を餌にしている可能性もある。だから鳥類は都市部に点在している緑地を結ぶ役割を果たしているらしい。

つまり街路樹は完全な森林生態系とは違うが、昆虫や鳥類と樹冠(枝葉の繁った部分)の生態系をつくっていると言える。それが各地の緑地を結ぶことで地域の生物層を支えていると考えれば、これも生態系の重要な要素になるだろう。都市環境に小さくない影響を与えているのかもしれない。

最後に、街路樹をより良くするための方策として、「行政に意見を伝えること」の大切さが指摘された。行政は街路樹の実態や存在意義をよく知らないことが多いし、市民が気をかけていることも伝わっていない。だから根気よく訴えないと……というのだが、それはクレームではない。むしろ素敵な管理がされている街路樹を褒めよう、と提案された。また落葉掃除に関わっている人々にも感謝の意を伝える。それによって関係者のやる気も喚起できる、と。

さて、街路樹を地域全体の生態系に組み込むことができるか。街路樹の世界も奥深い。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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