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樋口尚文の千夜千本 第26夜「パトレイバー 首都決戦」(押井守監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(写真:毎日新聞デジタル)

熱血と大迫力の「東京戦争戦後秘話」

このたびの押井守監督の実写映画『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』は、もうさんざん評価され尽くしている22年前のアニメ映画『機動警察パトレイバー2 the Movie』の後日談ということになっているが、物語の展開も映像の描写もあたかも前作をトレースして実写化したかのような、徹底して逆ロトスコープ的な作品であることが興味深かった。

なにしろ前作ではPKOでカンボジアに派遣された自衛隊員・柘植が戦争の実態にふれて衝撃を受けるところがドラマの重要な出だしであったが、今回はその柘植の元恋人であり彼の孤独な叛乱を鎮圧した特車二課の南雲しのぶが某国の紛争地域らしきところで国連軍にまざって活動している(らしい)ところから物語が始まる。次いで前作の自衛隊機による横浜ベイブリッジ爆撃が、今回は某一団の軍用ヘリによるお台場レインボーブリッジ爆撃として(カット割りや画角も含めて)あえて再演されてゆく。

だが、前作と本作は多分に重なり合うようでいて随所にずれがあって、押井監督はその言わばモアレみたいなところに最も目を凝らす。その筆頭は戦争を仕掛ける側も鎮圧する側も、同じようなことを反復してはいるのだが、どこかそれぞれ「不在者」に呪縛されているという部分だろう。まず今回の「疑似戦争」は獄中の柘植のDNAを継ぐシンパによって引き起こされているという解説が入り、一方で組織の論理で四面楚歌になりながら鎮圧を志す後藤田隊長(筧利夫)も初代幹部の後藤や南雲のスピリットによって突き動かされている。

前作の後藤や南雲の機動的な行動を後ろ向きに吊し上げる警察内の会議の場面を、やはり画角から音響効果までトレースして再現してみせる押井監督は、その南雲が不在であるという一点の差異を強調する。そこにはついに顔を見せぬ南雲の幻影が現れて、孤軍奮闘の後藤田に寄り添うことになるのだが、彼女の声はなんと前作の声優だった榊原良子が吹き替えている。ここはもう実質アニメが実写に侵犯しているような箇所であって、押井守がこうしてずっとわれわれに強く印象づける陰の主役は、アニメの南雲しのぶや後藤喜一という「不在者」たちなのだった。前作と双生児のような本作の唯一最大の違いは、各サイドの人びとが「不在者」によって試されている、という点である。

国内がバブル経済への狂奔で永遠の平和と繁栄を錯覚していた裏で、自衛隊がUNTACに派遣され始めた頃に発表された前作は、特にこの叛乱首謀者のほうを平和ボケ国家で孤立した憂国の士として思い入れたっぷりに描いていたが、今回は逆に叛乱グループよりも特車二課のとりわけ後藤田が敬愛する「不在者」たちのひそみに倣って彼なりの「正義」を貫けるか、というのが主たるテーマとなっている。したがって、本作は前作に比べるとずいぶんシンプルな熱血物語になっていて、それが派手なガンアクションや軍用ヘリの空中戦やラストのレイバー出動まで、押井作品としてはいつにないくらいストレートで大迫力の見せ場へと順目に結びついている。

私はドルビーアトモスという(邦画では本作が初という)超立体的な音響の仕様で観たが、ことVFXを駆使した戦闘シーンなどの画と音響のクオリティはさすがという感じであった。不謹慎な言い方だが、私は押井監督のアニメ作品はともかく、『アヴァロン』などを観るにつけ、ペダンチックな韜晦や裏切りもいいのだけれども、この凝りに凝った映像技術でもっと真向からスペクタクルとして楽しませてほしいなあと夢想した。そういう意味では、前作のアニメの白眉であった東京が戦場と化す見せ場の数々を実写で見れたらなあと思ったファンも少なくないと思うが、まさにその願いかなったりというところだろう。

それにしても面白いなと思ったのは、前作では東京の平穏な日常の風景が川井憲次の絶妙な音楽とともに点描され、その当たり前の風景が崩壊してゆく「状況」の創出という観点が興味深く、それゆえに軍用ヘリが都庁や桜田門など「日常」の平和と安定のアイコンを続々破壊してゆくさまが(アニメなのに!)かなり戦慄的であった。大島渚監督が高度成長期に作った『東京戦争戦後秘話』は、なんの変哲もない「日常の風景」を国家権力の表現として恐れるというポエジーだったが、『機動警察パトレイバー2 the Movie』はまさに「革命戦争」を「風景論」的に描いている点ではるか『東京戦争戦後秘話』に通底するインパクトがあった。だが、前作の「戦後秘話」として描かれる本作では再度の「東京戦争」をアニメよりずっとリアルなVFXで観せてもらったのに、今回は上々のスペクタクルという娯楽的な驚きの範疇であった。いったいなぜなのかと思ったが、きっとそれは作品の責任というよりも、われわれが前作の後で9.11テロを映像として体験してしまったからなのだろう。あの絶対的な虚無をはらむ「風景」の変貌を見てしまった後の世界で、押井守がシンプルな「正義」へと本作の主題を変更したのはもっともなことかもしれない。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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