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【スピードスケート】反骨の男が23年ぶりメダル。一戸誠太郎「人と同じことだけでは差はつかない」

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
世界スピードスケート選手権オールラウンド部門で3位になった一戸誠太郎(写真:ロイター/アフロ)

 スピードスケートの短距離から長距離の4種目総合で争う「世界スピードスケート選手権オールラウンド部門」で、日本男子23年ぶりのメダリストが誕生した。2月28日から3月1日までノルウェー・ハーマルで行われた大会で、一戸誠太郎(ANA)が自らの記録を塗り替える149・310点の日本新で総合3位に入った。

 1893年の第1回開催以来、130年近い歴史を誇る伝統の大会で日本男子が表彰台に上がったのは、1995年銀、1996年銅、1997年銀だった白幡圭史以来、23年ぶり2人目の快挙だ。

 一戸は2月中旬にあった世界距離別選手権の男子チームパシュート(一戸、ウィリアムソン師円、土屋陸)で3人の中で最も長い距離を先頭で引っ張り、日本に初の銀メダルをもたらしている。主要2大会連続のメダル獲得は素晴らしい。

2月の世界距離別選手権では男子チームパシュートの一員として銀メダルを獲得していた。右が一戸誠太郎。中央はウィリアムソン師円、左は土屋陸(撮影:矢内由美子)
2月の世界距離別選手権では男子チームパシュートの一員として銀メダルを獲得していた。右が一戸誠太郎。中央はウィリアムソン師円、左は土屋陸(撮影:矢内由美子)

■1500mの成長で全種目が底上げされた

 風光明媚な美幌峠で知られる北海道美幌町の出身。父の指導でスケートを始め、美幌北中卒業後に、バンクーバー五輪銅メダリストの加藤条治が育った山形中央高校へ進学した。信州大学を経て今季は社会人2年目だ。

 元々は長距離が専門だったが、大学時代に小平奈緒と一緒に練習して1000mの記録を伸ばすなど、スピードアップに成功。大学4年からナショナルチームに入り、チームパシュートの一員として練習を重ねながら、18年平昌五輪代表に選ばれた。五輪では男子5000m9位、男子チームパシュート5位という成績だった。

 社会人1年目だった2018ー2019シーズンは、W杯開幕後に調子を落とし、後半戦のW杯では自身のメイン種目である5000mの出場権を落すなど苦しんだ。

 今季はその反省を生かした。ナショナルチームでの夏場の追い込みがうまくいき、トレーニング数値が上がった。その中で、昨季から力を付けつつあった1500mでさらに成長。2月の世界距離別選手権では、小田卓朗が持っていた1分43秒38を1秒以上も塗り替える1分42秒36の日本記録をつくり、5位。3位とは0秒2差だった。

■高校時代のあだ名は「ナンバーワン・ボーイ」

 24歳になった今、急激な成長を示すことができたのはなぜか。一戸自身は以前との変化をこのように語る。

「2018年の夏のトレーニングは、つねに全力で取り組んで最後まで持たないことも多かったが、2019年の夏は5000mを意識してトレーニングをした。10セットやるなら10セット目にしっかり出しきれるようなペース配分を意識して、ランニングでも1キロ4分ならそれを5キロずっと続けるようにした」

 これは、高校時代の話とも重なるものがある。一戸を育てた山形中央高校スケート部の椿央(つばき・ひろし)監督によれば、高校時代の一戸は波が大きかった。

「気持ちが乗っているといけるが、そうでないときはまったく良くなかった。例えば5本を滑るメニューがあると、1本目は部内でも1番良いタイムだが、2本目になるとビリから数えたほうがいいくらいにパフォーマンスが落ちる。だから、僕らは一戸を『ナンバーワン・ボーイ』と呼んでいました。良いときは1位、だめなときはビリ。気持ちにムラがあったんです」  

 それから6年。今シーズン、椿監督の目には大学、社会人と成長した一戸の姿が見えているという。

■「人と同じことだけではダメ」

「人と同じことをしているだけでは差はつかない」という信念も一戸の成長を促している。昨年12月の全日本オールラウンド選手権。レース増の負担を生むとの理由から、ナショナルチームから止められながらも出場し、日本新記録を出して初優勝を飾った。

「全日本選手権に出たのは、まだ優勝したことがなかったから。歴代の優勝者を見ると、国内外で活躍している選手がこの大会で勝っている。僕自身は、日本でのタイトルをまだ取っていなかったことが引っかかっていた。全日本のタイトルを取ることで、オールラウンドの選手として胸を張っていけると思っていた。これで先輩方に並べたかなと思う」

 年が明けて2月、そのときの思いをあらためて尋ねると、このような答えが返ってきた。

「人と同じことをやっていても差は付かないと思っています。同じことをやりつつも、より結果を出して行くには、いかに違うことを試すかだと思う。それは中学、高校時代に培った考え方であり、僕の財産です」

 タイトルで自信をつけたことだけではなく、「全日本オールラウンド選手権では世界選手権を想定して滑った」ことも良い経験値になっていた。世界選手権で鍵を握ると考えていたのはレース終盤にラップを落しがちな5000m。オールラウンド部門初日にあったこの種目で8位とこらえたことが、快挙につながった。

 

■「一戸スタイル」の確立

 振り返ると、昨年10月の全日本距離別選手権で男子マススタートで2位になったとき、一戸は「僕は逃げもできるし、最後のスプリントもいける。ただ、バランスは良いけど中途半端とも言えるんです」と話していた。

 この言葉に象徴されるように、一戸は最近までこれが自分の滑りだというものを確立していないようだった。

 しかし、2月のW杯カルガリー大会5000mとその翌週にあった世界距離別選手権5000mで「フラットペース型」と「前半ハイラップ型」の2パターンの展開を試し、後者のスタイルが自分に合っていることを確信した。今では、「1500mと5000mの2種目を主体に戦っている中で、1500mのスピード感を持ったまま5000mを滑るのが自分の持ち味。そういう展開が良いと思っている」と自信を持っている。

 全日本選手権で国内タイトルを獲得したこと。そしてレース展開で「一戸スタイル」を確立したこと。これらが彼を一段階上に押し上げているのだ。

■「北京五輪に向けてもっと強化を」

 男子1500mには平昌五輪で5位と健闘した第一人者の小田もいる。さらに一戸は今でも「勝負をしたいのは5000m」と言う。「子どもの頃、父が長距離の適性を見抜いてくれて、5000mは中学生から取り組んでいるので思い入れが強い。これが自分の種目だと思っている」と話すだけに、長距離で覇を競う土屋良輔も大いに刺激を受けているだろう。

 一戸は「世界と戦うにはもう少し力が足りない。北京五輪に向けてもっと強化したい」と力強い。日本の男子スピードスケート界は今、どんどん力をつけている。

◆世界選手権オールラウンド部門の一戸◆

 大会2日目の500mは36秒17で1位、5000mは6分24秒63で8位。大会3日目は、まず1500mを1分45秒85、3位のタイムで滑り、これによって上位8人までの最終種目進出ラインをクリア。最後の1万mでは自己ベストを約20秒も上回る13分7秒88で2位になり、総合での表彰台をつかみとった。合計149・310点は、19年12月の全日本選手権オールラウンド部門で出した自らの日本記録151・590点を塗り替える日本新記録だった。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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