「味噌カツ」「ひつまぶし」は登録なし。文化庁「100年フード」に名だたる名古屋めしがない理由
「食の文化財をつくる」文化庁の取り組み
「100年フード」をご存じでしょうか? これは文化庁による食文化の認定制度。長く愛されている地域の食文化を継承するための取り組みです。「100年」とうたってはいますが、「未来の100年フード」というカテゴリーもあるため、戦後に誕生した食べ物も多数含まれています。
「『和食;日本人の伝統的な食文化』が平成25(2013)年にユネスコ無形文化遺産に登録され、それを機に令和2(2020)年に文化庁内に食文化担当の部署が新設されました。文化庁の中ではまだ非常に新しい部署となります。“食の文化財をつくる“という考えの下、食文化の調査や継承、国民的な機運の醸成に取り組んでいて、100年フードは食文化機運醸成事業のひとつです」(文化庁担当者)
江戸前鮨も讃岐うどん、博多ラーメンもない(!?)
2021(令和3)年に始まり現在登録されているのは250件。北海道「ジンギスカン」、岩手県「わんこそば」、秋田県「きりたんぽ」、福島県「喜多方ラーメン」、栃木県「宇都宮餃子」、大阪府「大阪の鉄板粉モン文化(お好み焼き・たこ焼)」、沖縄県「ラフテー」など広く知られる名物が名を連ねます。2024年3月5日には3年目の新規認定50件が発表され、北海道「石狩鍋」、愛知県「味噌煮込みうどん」、鹿児島県「薩摩焼酎」などが新たに加わりました。
一方で、ラインナップの中にはあまり耳なじみのない食べ物も少なくなく、逆にご当地グルメとして有名な静岡県「浜松餃子」、東京都「江戸前鮨」「もんじゃ焼き」、広島県「お好み焼き」、香川県「讃岐うどん」、福岡県「博多ラーメン」、沖縄県「ソーキそば」などは登録されていません。
例えば、筆者の地元である愛知県で登録されているのは次の通り。
「きしめん」「五平餅」「いなぶ涌茶」「高浜とりめし」「ひきずり(名古屋コーチンのひきずり)」「お平」「名古屋コーチンの食文化」「味噌煮込みうどん」「へきなん焼きそば」「瀬戸焼きそば」。
中には県内でもほとんど知られていないものも。名古屋めしの関係者からもこんな声が聞こえてきます。
「世間から忘れ去られそうな風前の灯の田舎料理で、保存、普及に取り組んでいるものが多い印象を受けます」(味噌煮込みうどんの「山本屋本店」広報・永田剛典さん)。「京都や奈良、大阪など食文化が栄えていそうな府県の登録数が少なかったり、香川県はうどんだろうと思ったらそうめんだったり、いわゆる名物、特産品とは必ずしも一致していない?」(小倉トースト普及委員会・高野仁美さん)
100年フードに「味噌カツ」「ひつまぶし」「手羽先」がないのはなぜ?
上記の通り、いわゆる「名古屋めし」で100年フードに含まれているのは「きしめん」と「味噌煮込みうどん」「名古屋コーチン」だけ。100年(前後)の歴史がある「味噌カツ」「ひつまぶし」「味噌おでん」「どて煮」「小倉トースト」「鬼まんじゅう」「えびせんべい」「守口漬」は未登録です。さらに「手羽先」「台湾ラーメン」「あんかけスパゲティ」「鉄板スパゲティ」「喫茶店のモーニング」なども誕生から半世紀以上は経っていて、「未来の100年フード」に登録される資格は十分にありそうですが、いずれも登録されていません。
なぜ、名古屋めしの多くは「100年フード」に登録されていないのでしょうか?
「100年フードは文化庁が選ぶのではなく、各地の団体が応募する仕組みをとっています。名古屋めしの多くは応募されていないので登録されていないのです」(文化庁担当者)
応募資格があるのは自治体や団体。加えて、申請できるのは一団体につき一件のみ。名古屋めしは「なごやめし普及促進協議会」(愛知県、名古屋市、名古屋観光コンベンションビューローなどで運営)という格好の組織がありますが、同会がHPで紹介している名古屋めしは実に22品目。「そのうちの特定のメニューを推薦する団体ではないので、100年フードに応募する可能性は低い」(なごやめし普及促進協議会)といいます。
B1グランプリのグルメが多い理由
一方、団体による応募、という条件のためか、ご当地グルメイベント「B1グランプリ」に参加している料理が目立ちます。青森「八戸せんべい汁」、岩手県「まめぶ」、秋田県「横手やきそば」、埼玉県「ゼリーフライ」、静岡県「富士宮やきそば」「西伊豆しおかつお」、愛知県「高浜とりめし」「瀬戸焼そば」、三重県「四日市とんてき」「津ぎょうざ」、大阪府「高槻うどんギョーザ」、兵庫県「明石焼」「かつめし」、岡山県「ひるぜん焼そば」など…。B1グランプリはHPにもうたわれているように「グルメのイベントではなく」「まちおこし団体のPRイベント」。つまりグルメによる町おこしに熱心なものが、100年フードにも数多く名を連ねているというわけです。
100年フードとB1グランプリの親和性の高さは、逆に名古屋めしが100年フードとマッチしにくいことにもつながっています。ご当地B級グルメイベントが花盛りになったゼロ年代以降、王道の名古屋めしはほとんどイベントに出店することはありませんでした。この手の企画は知名度があまりないグルメが名を売るために参加するケースも多く、対して名古屋めしは既に広く認知されているのでわざわざイベントに出る必要がなかったのです。また、100年フードの中には担い手が減少して継承の危機に陥っているものも少なからずあると見受けられます。名古屋めしは何十、何百という店で提供されているものが多いので、関係者が危機感を抱くレベルになく、そのため個々のメニューの団体が存在しない、という場合が多いのです。つまり、地域の食文化として十分に浸透しているがゆえ、100年フードに応募されないという矛盾が生まれてしまっているのです。
100年フードの理念と実情に乖離?ギャップをどう埋める?
100年フードの理念と地域の食文化の実情に乖離(かいり)が生じてしまっているのではないか? そんな疑問を文化庁にぶつけてみました。
「それぞれの食文化にストーリーがあり、それを継承する団体と我々が一緒に取り組むというのを100年フードのひとつのウリとしています。しかし、団体がないから応募できないケースが生じてしまうのは確かで、乖離があるのでは?とのご指摘もおっしゃる通りと受け止めています」
では、ギャップをどのように埋めていくのでしょうか?
「一企業でも、その食文化に関わる他の企業・団体と連携して活動する意思と活動実績があり、自治体の推薦メッセージを得ていれば申請は可能です。自店の料理だけを推すのではなく、あくまでその食文化を地域で継承していく団体として応募してくれれば、私たちも柔軟に対応していきたいと思っています」
つまり、名古屋めしであれば、味噌カツやひつまぶしの代表的なブランドが同業者の総意をまとめて窓口になり、申請すれば100年フード登録もあり得ることになりそうです。
手を挙げた者勝ち?一企業のイメージが強いと落選?応募者のホンネ
では、これまでに100年フードに応募した名古屋めしの企業、団体はどのような印象を抱いているのでしょう?
「愛知県麺類組合(うどん店の組合組織)できしめんを申請して登録されました。味噌煮込みうどんも申請したかったのですが、一団体一品の決まりがあるのでできなかった。今年度はあらためて組合の別組織である青年会で味噌煮込みを申請しました。組合としては、是非登録したい!というよりも、仮に歴史や製法を正しく理解していない団体に登録されてはよくない、と考えました。国のお墨付きを与えるものなので、手を挙げた者勝ちにならないよう、評価、審査はしっかりやってほしい。変に基準をゆるくしないで、誰もが認める食べ物が登録されるものにしてもらいたいですね」(愛知県麺類組合「みそ煮込みの角丸」日比野宏紀さん)
「令和3(2021)年度に味噌煮込みうどんとカレー煮込みうどんで申請しましたが落選してしまいました。特定の企業のイメージが強すぎると敬遠されるのかも。味噌煮込みうどんは豆味噌文化の象徴的なフードですし、当社でも伝統的な技法を守っているので、登録されるべきだと思っています」(「山本屋本店」広報・永田剛典さん ※味噌煮込みうどんは令和5(2023)年度に愛知県麺業青年会の申請により登録)
100年フードという制度自体を知らなかった、という声も少なくありませんでしたが、同時に登録に対して意欲的な意見も多く聞かれました。
「そんな制度があるのですね。味噌カツが登録されていないのは知らなかったので、としか言いようがありません。でも味噌カツは名古屋、愛知が誇る食文化ですから、登録できるものならできた方がいいし、当社でできることがあれば協力は惜しみません」(味噌カツの「矢場とん」広報・鬼頭明嗣さん)
「小倉トースト普及委員会を2023年に発足した背景には、喫茶店(個人店)の減少、最近流行りのあんバターに乗っ取られる!という危機感がありました。小倉トーストは、大正時代の学生が始めたちょっと新しい食べ方が広まり、世代を超えて継承されてきたまさに近代の100年フード! 是非登録したいです。決して対抗しているわけではないですが、あんバターとの歴史的な違いを全国に示しておきたいです(笑)」(小倉トースト普及委員会・高野仁美さん)
100年フードのメリット、将来の文化財登録の可能性
100年フードと認定された場合のメリットについて、文化庁担当者はこう語ります。
「100年フードに認定されると『100年フードロゴマーク』をイベント広報や商品パッケージなどに活用することができます。既にコンビニ商品や企業とのコラボ商品が開発されたり、ふるさと納税の返礼品に採用されるなどの例もあります。地方局、地方紙などでの報道も多く周知を広める機会にもなります。文化庁としても全国の100年フードをめぐるスタンプラリーを開催するなど、多くの人に食べてもらえる機会を提供していきたいと考えています」
では、冒頭にあった「食の文化財をつくる」は実現可能なのか? 今後の展望も含めて尋ねました。
「正式に文化財登録となると調査研究が必要なので簡単ではないのですが、10年、20年…あるいは100年後に100年フードの中から文化財登録される食文化が出てくるかもしれません。それは地域にとってもひとつの目標になると考えています。ただし、当面はあえてゆるやかな枠組みにして、多くの地域、団体に参加してもらい、一緒になって各食文化の価値を高めていくことが重要だと考えています」
もしも100年フードに名古屋めしが登録されたら・・・?
地域の食文化を守り受け継ぎ価値を高めていく。100年フードの理念は誰もが共感できるものでしょう。各地の食文化を実際に食べ、最もよく知るのは地元の人。当事者が主体となり、国はバックアップするという仕組みもまた間違ったものではありません。一方で、登録するには団体が必要というルールは、町おこしが目的の活動にはうってつけな反面、健全に親しまれている食べ物にとっては思わぬハードルになるという側面もあります。また間口を広げすぎると登録団体は増える反面、ブランディングの価値が薄まるという問題も生じそうです。100年フードの活動が今後より発展していくには、登録、評価、価値のバランスをどうとっていくかが重要ではないかと思われます。
名古屋めしは、飲食店の頑張りやそれを愛する市民によって独自の発展を遂げてきました。現在では、これを目的に名古屋を訪れる人も少なくなく、観光資源の価値も高まっています。味噌カツ、ひつまぶし、手羽先、台湾ラーメン、あんかけスパ、味噌おでん、小倉トースト・・・。これらがラインナップされている方が、「100年フード」のブランド力も高まるのでは・・・? なんて思うのは手前味噌すぎるでしょうか?
(写真撮影/筆者 ※100年フード関連画像は文化庁提供)