「歴史のリセット」を夢想するドイツ新右翼―「帝国の市民」とは何ものか
- 「帝国の市民」と呼ばれるドイツの極右勢力は、第二次世界大戦以前の国境がいまも有効だと主張し、現在のドイツ連邦共和国の正当性を否定している
- そのため「帝国の市民」メンバーは税金を払わず、公的の身分証明を破棄する一方、独自のパスポートを発行するなど、「架空の国」が実際に存在するかのように行動している
- 現実にあるものを「誤り」と切り捨て、歴史のリセットという不可能な夢想にひたることは、イスラーム国(IS)にも共通する思考パターンである
ドイツ内務省は5月22日、「帝国の市民(Reichsburger)」と呼ばれる極右勢力のメンバー450人が保有していた武器を取り上げたことを発表。2016年10月、同国南部のゲオルゲンスグミュントで「帝国の市民」メンバーが警官を射殺して以来、ドイツ政府はこの組織への警戒を強めています。
一般的に、ヨーロッパの極右勢力は反EU、反移民を主張し、「国家としての独立」を強調します。ところが、「帝国の市民」は第二次世界大戦以前の国境線を有効と主張し、現在のドイツ連邦共和国の正当性を認めず、「国家からの独立」を目指す点で、他の極右と異なります。現状の国家のあり方そのものを拒絶する動きはアメリカなどでもみられるもので、極右の新たな潮流として注目されます。
「帝国の市民」とは
ドイツには2017年連邦議会選挙で94議席を獲得し、第三党に躍進した「ドイツのための選択肢(AfD)」をはじめ、いくつかの極右勢力があります。このうち「帝国の市民」は代表者や本部のある組織ではなく、ソーシャルメディアなどで結びついた緩やかなネットワークとみられています。
「帝国の市民」は1980年代半ばに生まれましたが、この数年で急速にメンバーを増やしているとみられます。ドイツ内務省の下部組織である連邦憲法擁護庁(BfV)は2017年度の報告のなかで、「帝国の市民」のメンバーを約1万8000人と推計。2016年段階では1万人とみられていたため、1年間で80パーセントの増加にあたります。
「帝国の市民」には、他の極右勢力と同じく、反イスラーム、反ユダヤ主義、反移民の主張が鮮明ですが、その一方で現在のドイツ連邦共和国の体制そのものを認めない点に、最大の特徴があります。
「帝国の市民」は第二次世界大戦末期の連合国との終戦協定を認めていません。ここから、大戦勃発直前の1937年段階での国境が現在も有効で、戦後に生まれたドイツ連邦共和国は「敵国」に占領されたもので正当性がない、という主張が導かれます。言い換えると、ヒトラーが率いたドイツ第三帝国(1933~1945)がまだある、というのです。
「帝国の市民」の一部は、連邦議会選挙で躍進したAfDとも結びついているといわれます。しかし、選挙を通じて既存の体制のなかで権力を目指すAfDと、そもそも今の国家を認めていない「帝国の市民」の間には、大きな溝があります。
自分たちの世界で生きる者
ドイツの極右分析センターのバーバラ・マンザ博士は「帝国の市民」を指して、「自分たちの世界で生きている」と表現しています。
それは「敵国による支配」という陰謀説に傾き、現実にある国家や歴史を否定するだけでなく、「帝国の市民」たちがいわば「仮想の国」を現実にしようとしているからです。
現在のドイツの憲法も体制も否定する「帝国の市民」のメンバーは、公的機関に従うことを拒絶しています。そのため、パスポートや運転免許証をはじめとする公式の身分証明を破棄し、税金も納めないことが一般的です。それに代わり、彼らは自分たちのパスポートや通貨まで作っているとみられます。
「こちらの世界」からみれば、彼らは身分を偽り、納税義務を怠っていることになります。一方、「帝国の市民」にとって実際の警察、役所、裁判所などは、「正当性のない命令を下してくる理不尽な存在」となります。そのため、「帝国の市民」メンバーは裁判所、警察、役所などとしばしばトラブルになっており、そのなかで武装化も進んできたと報告されています。
テロへの懸念
「帝国の市民」以外にも、ドイツでは極右過激派による事件が増加しています。ドイツ内務省の報告によると、極右による暴力行為は2014年に10,541件でしたが、2015年には13,846件に増加。このうち、外国人を標的にしたものは2,207件(2014)から4,183件(2015)に急増しています。
右翼テロ全体が増えるなか、ドイツ連邦警察は2017年7月に「帝国の市民」も大規模なテロ活動を起こす可能性を示唆。今年4月にはテロ対策などを専門にする連邦警察の特殊部隊(GSG-9)が、ベルリンなどで大規模な家宅捜索を実施しました。冒頭で紹介した、当局による「帝国の市民」メンバーからの武器没収は、このような背景のもとで行われたのです。
この他、「帝国の市民」は組織犯罪にも加担しているとみられています。2018年5月の家宅捜索でドイツ警察はドイツ人2人、ロシア人1人を、モルドバ人を偽のルーマニアのパスポートで入国させた人身取引の容疑で逮捕。当局は同様の事件が他にもあるとみています。
各地に広がる新右翼
現在の国家を否定し、自分をその一員とみなさないタイプの右翼は、ドイツ以外にもみられます。アメリカの「独立市民(Sovereign citizens)」と呼ばれる緩やかなネットワークは、銃携帯の自由や(差別的な言動を含む)表現の自由を強調する点で、他のアメリカ白人右翼と同じです。しかし、現実にある政府の正当性を認めない点でドイツの「帝国の市民」と共通します。
そのメンバーは(オバマ氏が大統領選挙で勝利した)2008年以降、急速に増えているとみられ、全米で約1,000人にのぼるとみられます。「帝国の市民」と同じく、彼らも運転免許証など公的な身分証明を破棄し、独自のIDカードをもち、税金の支払いを拒絶しています。
現実の法律や公的機関を否定する「独立市民」は、しばしば暴力事件を引き起こしてきました。2016年1月にはオレゴン州のマルー国立野生動物保護区を「独立市民」の一団が占拠。この地区に関する連邦政府の管轄権を引き渡すよう求め、最終的に警察との銃撃で一人が死亡しました。また、ニュージャージー州では2017年にイデオロギーに基づく暴力事件が11件ありましたが、このうち5件は「独立市民」によるものでした。
歴史をリセットする夢想
ドイツの「帝国の市民」に代表されるタイプのグループには、大きく二つの特徴を見出せます。
第一に、基本的に伝統的な価値観や歴史を重視し、一方で現実の社会に不満や幻滅を蓄積させていることは他の極右勢力と同じでも、歴史のある時点に立ち返るという不可能なことを夢想している点です。
第二に、その不可能な夢想のために、現実を全く否定するという倒錯がある点です。現実社会を否定し、仮想の結びつきを「現実以上の現実」と捉えることは、ネット空間の発達により後押しされているとみられます。
いずれにせよ、「帝国の市民」のようなグループの台頭は、各国にとって新たな脅威となります。
歴史や伝統を重視することは「保守」の必須要件でしょうが、それと歴史のリセットを目指すことは話が別です。実際にある国家や社会が「誤り」であり、理想化された過去を現実にしようとする思考パターンは、その実現が不可能であるだけに、力に頼りやすくなります。それは「イスラーム共同体の復活」を目指したイスラーム国(IS)にも通じるものです。現実を否定する夢想が拡散し、現実に疲れた人々を引き寄せる現状からは、右翼テロの脅威がまた一段上がる懸念が大きいといえるでしょう。