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【新国立競技場】朝日が見直し論リード、遅かった読産の路線転換ー在京6紙社説検証

楊井人文弁護士
左から読売新聞、東京新聞(いずれも7月9日付)、毎日新聞(7月8日付)の社説

【GoHooトピックス7月17日】「代償伴う愚かで無責任な決定」(読売)、「無謀な国家プロジェクト」(毎日)、「この建設計画は無責任だ」(産経)― 新国立競技場の建設計画問題で、政府が現行どおり計画を進める方針を示した直後、在京の大手6紙(読売、朝日、毎日、産経、東京、日経)が計画見直しを求める社説を一斉に掲載した。安保法案などをめぐり6紙の社論の違いは鮮明になっているが、新国立競技場の問題では最終的に立場が一致。政府が計画見直しを検討し始めたと伝えられたが、ふだん政権の政策を支持することが多い読売、産経が社説で激しく批判する路線に転じたことも、政府の判断に影響した可能性がある。

JSCサイトの「新国立競技場」より
JSCサイトの「新国立競技場」より

ただ、この問題が浮上して以来、新聞各社の論調が足並みを揃えていたわけではない。朝日、毎日、東京、日経の4紙は昨夏以降、計画見直しに言及したり、拙速に計画を進めないよう求める社説を相次いで掲載していた。他方、読売と産経は当初、早く建設計画を進めるよう促していただけで、批判的な論調に転換したのはごく最近だった。この問題に関する社説を中心に、これまでの報道を検証してみた。

朝日、デザイン決定時に問題を予見

新国立競技場のデザインが決まったのは2012年11月15日。翌日、各紙が報じた記事の中で、今日の問題をいち早く予見していたのが朝日のスポーツ面に掲載された「総工費1300億円、道筋立たず 新国立競技場デザイン発表」(阿久津篤史記者の署名入り)だった。この時点で五輪招致はまだ決まっていなかったが、阿久津記者は「総工費1300億円をだれがどれだけの割がで負担するのか決まっていない」「建て替えに1300億円かけることの是非も問われる」などと指摘。笠浩史文科副大臣(当時)が「負担割合を今年のうちに全部確定させるのは現実的でない」と先送りする姿勢を示したことなどの不安要素を報じていた。毎日と東京は総工費の金額を報じていたが、読売と産経はデザインが決まったことだけを伝え、金額は報じていなかった。

計画見直しを訴える論文を報じた東京新聞2013年9月23日付朝刊。追いかけたのは朝日だけだった。
計画見直しを訴える論文を報じた東京新聞2013年9月23日付朝刊。追いかけたのは朝日だけだった。

計画見直しを求める動きは、2020年の五輪開催地に東京が選ばれた2013年9月に表面化。まず、東京新聞が9月23日付朝刊1面トップで、建築家の槇文彦氏が計画の大幅見直しを求める論文を発表したことを最初に報じた。社会面トップにも「100年愛せる景観か 決定過程、費用負担も不明」と見出しをつけて問題点を詳しく報道。これをすぐに追いかけたのは、翌日の朝日の「異議あり 新国立競技場計画」(社会面)だけだった。

他方、毎日は10月11日、槇氏ら有識者が計画見直しを求める要望書を提出する動きをいち早く報じた。産経も9日に槇氏の詳しいインタビュー記事を掲載したほか、読売も12日付夕刊で槇氏らの動きを初めて報じたが、この問題に関する記事の量や扱いは朝日、毎日、東京に劣っていた。

見直し論は朝日が初提起、産経は当初計画を歓迎

在京6紙で初めてこの問題を社説で取り上げたのは2013年10月22日付毎日だったが、社説で計画見直しを初めて明確に主張したのは2014年5月25日付朝日。「国立競技場 立ち止まり議論し直せ」と題して有識者会議の議事録などが公開されていない問題点を挙げ、「ラグビーを言い訳に見切り発車は許されない」など厳しく指摘していた。日本スポーツ振興センター(JSC)の基本設計案が有識者会議で承認された後、日経が6月1日付社説も「ゴール急ぐな新競技場づくり」と題し、「五輪に間に合わせることを目標にすれば1年の余裕ができる。その時間を情報公開と徹底した議論に充ててはどうか」と着工、完成を急がず議論するよう求めた。この問題の一連の動きを詳しく報じてきた東京新聞も7月22日付社説で「解体を中止し、真剣に検討し直すべきではないか」と訴えた。

在京6紙で初めて見直し論を唱えた朝日新聞2014年5月25日付社説
在京6紙で初めて見直し論を唱えた朝日新聞2014年5月25日付社説

これら4紙の論調と対照的だったのが読売と産経。まず、産経は2014年6月1日付で「国立競技場 新たな夢舞台に期待する」との社説を載せ、JSCの計画を基本的に歓迎する姿勢を示した。9月7日付社説でも「新国立競技場をはじめとする会場の整備もピッチを上げなくてはならない」と言及する程度で、昨年まで少なくとも社説の上では新国立競技場の建設計画についてほとんど問題視していなかった。読売も、6月28日付社説の五輪整備費問題と関連づけて、新国立競技場について「無駄な部分がないか、徹底した点検が必要」と指摘したにとどまり、10月10日付社説でも「入札手続きの不手際などで遅れている新国立競技場の建設を急ぐ必要がある」と述べただけで、計画見直しには言及していなかった。

産経・読売、今年5月に危機感表明、見直し論に転換

風雲急を告げる動きとなったのは、下村博文文科相が東京都に費用負担を要請し、計画の一部見直しを伝えた今年5月中旬。このときも朝日が先陣を切って5月22日付で「国立競技場 甘すぎた構想、猛省を」と題する社説を掲載、現計画を土台にしつつ、見直せる部分の洗い出しを急ぐべきと提言した。

すると、産経も24日付社説で「国家プロジェクトとして、あまりにずさん」「日本の信用にかかわる問題だ」と批判を開始。31日付社説では、まだ誰が就任するか決まっていない五輪担当相(新設)に向かって「腹を据えてかかってほしい」と発破を掛けた。さらに、建設費が2520億円になることが明らかになると、6月28日付社説で、就任したばかりの遠藤利明五輪担当相をさしおいて「混乱を収めるには、この国家プロジェクトの責任者である安倍晋三首相が前面に出て、関係機関や国民に理解を求めるしかないのではないか」と強い危機感を表明。建設計画を有識者会議が「了承」したとの報道を受けた7月9日付社説で「この建設計画は無責任だ」「計画を見直す、これが最後の機会」と、このとき初めて計画見直しに言及した。

下村博文文科相
下村博文文科相

読売も5月29日付社説でこの問題を初めて批判的に論じ、「文科省とJSCの責任は重い」と指弾。6月21日付社説で「いったん立ち止まり、内容を見直すべきではないか」と初めて見直し論を提起し、30日付社説でも改めて「大胆な見直しを決断すべき」と主張した。そして、建設計画が「了承」された直後の7月9日付社説は「あまりに愚かで、無責任な判断」「JSCを所管する文科相こそが責任者」「東京五輪の『負の遺産』として、将来世代にツケを回すことは、決して許されない」などと激しく批判した。

5月以降、この問題を社説で取り上げた頻度で最も多かったのは朝日の5回。次に読売と産経の4回、日経の3回、毎日と東京の2回。ふだん政権の政策を支持することの多い読売・産経・日経の3紙(計11回)が、朝日など他の3紙(計9回)を上回っていた。

新国立競技場に関する主な報道の経緯

【2012年】

  • 11月15日 有識者の審査委員会でデザイン決定(総工費1300億円)
  • 11月16日 朝日は第一報で総工費の金額や負担の見通しが不透明であることを指摘。読売と産経は総工費報じず。

【2013年】

  • 9月8日 2020年東京五輪開催決定
  • 9月23日 東京、建築家の槇文彦氏が計画の見直しを求める論文を発表したことを1面トップなどで詳報。
  • 10月 総工費の試算が3000億円に達すると伝えられる
  • 10月22日 毎日社説「新国立競技場 大いに議論を深めよう」
  • 11月 縮小見直し案で総工費1785億円と試算

【2014年】

  • 5月25日 朝日社説「国立競技場 立ち止まり議論し直せ」(初めて見直し論を提起)
  • 5月28日 JSCの有識者会議で基本設計案を承認(総工費1625億円)
  • 6月1日 日経社説「ゴール急ぐな新競技場づくり」
  • 6月1日 産経社説「国立競技場 新たな夢舞台に期待する」
  • 6月28日 読売社説「東京五輪計画 整備費の膨張防ぐ工夫が要る」
  • 6月30日 日経社説「『負の遺産』にならない五輪計画に改めよ」
  • 7月22日 東京社説「五輪会場見直し モッタイナイの精神で」
  • 9月7日 産経社説「五輪招致1年 国を挙げ大会成功させよ」(「新国立競技場をはじめとする会場の整備もピッチを上げなくてはならない」とのみ言及)
  • 10月5日 東京、槇文彦氏らが総工費2500億円と試算したと報道。
  • 10月10日 読売社説「東京五輪半世紀 あの感動を2020年にも」(「入札手続きの不手際などで遅れている新国立競技場の建設を急ぐ必要がある」とのみ言及)
  • 11月16日 建築家・磯崎新氏が「将来の東京は巨大な『粗大ゴミ』を抱え込むことになる」との意見を発表したと報道(毎日、東京、産経)。

【2015年】

  • 5月中旬 文科省が建設費の一部負担を東京都に要請し、都が不満を示す動きが表面化。
  • 5月22日 朝日社説「国立競技場 甘すぎた構想、猛省を」
  • 5月24日 産経社説「新国立競技場 日本の信頼損なう変更だ」
  • 5月26日 日経社説「目にあまる新競技場の迷走」
  • 5月29日 読売社説「五輪専任相 新国立競技場への不信を拭え」
  • 5月31日 産経社説「五輪担当相 大会準備の責任は重大だ」
  • 6月下旬 建設費が約2500億円になる見込みと伝えられる
  • 6月21日 読売社説「新国立競技場 立ち止まって計画を見直そう」
  • 6月25日 東京社説「新国立競技場 国民にツケを回すな」
  • 6月27日 毎日社説「新国立競技場 納得できぬ見切り発車」
  • 6月27日 日経社説「納得しがたい新競技場の工費」
  • 6月28日 産経社説「新国立競技場 混乱収拾へ首相の出番だ」
  • 6月29日 朝日社説「新国立競技場 新たな選択肢で出直せ」
  • 6月30日 読売社説「新国立競技場 工費圧縮へ設計から出直せ」
  • 7月2日 朝日社説「新国立競技場 公共事業として失格だ」
  • 7月6日 朝日社説「新国立競技場 見切り発車は禍根残す」
  • 7月7日 JSCの有識者会議が現行建設計画案を「了承」したと伝えられる
  • 7月8日 朝日社説「新国立競技場 これでは祝福できない」
  • 7月8日 毎日社説「新国立競技場 無謀な国家プロジェクト」
  • 7月9日 産経社説「新国立競技場 この建設計画は無責任だ」
  • 7月9日 東京社説「新国立競技場 負の遺産は造れない」
  • 7月10日 読売社説「新国立競技場 代償払う愚かで無責任な決定」
  • 7月11日 日経社説「この新国立競技場を未来へ引き渡せるか」
  • 7月16日 政府が計画見直しの検討に入ったと伝えられる
  • 「新国立競技場に関する主な報道の経緯」のうち、2014年10月10日付読売新聞社説の見出し「ゴール急ぐな新競技場づくり」は「東京五輪半世紀 あの感動を2020年にも」の誤りでした。お詫びして訂正します。(2015/7/17 10:10)
弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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