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大阪都構想を推進する構図は大掛かりな「イソジン会見」

幸田泉ジャーナリスト、作家
公明党の山口代表が大阪入りし維新とともに行った街宣=10月18日、筆者撮影

 政令指定都市の大阪市を廃止し、四つの特別区に格下げ、分割する「大阪都構想」は、11月1日の住民投票を前に賛否双方の激しい投票運動が大阪市内で展開している。テレビの討論番組や新聞報道では賛成派と反対派の双方が登場するが、実はこの住民投票は情報戦としては極めて歪んだ土俵の上で行われている。全戸配布された大阪市の説明パンフレットや説明動画などの広報物は「都構想はいいことばかり」の内容で、問題点にはほとんど触れていないのだ。

 住民説明会は大阪市の有権者約220万人に対し、たった8回行われただけ。5年前の最初の住民投票は僅差で反対多数になったように、市民の間には大阪市廃止への反発や疑問は根強い。しかし、しっかり住民の意見を聞いてそれに答える態勢はなく、紛糾を避けるかのようにアリバイ的に実施して終わらせた。新型コロナウイルス禍のどさくさに紛れ、住民投票に突っ走る意図が見え見えだ。

 このような大阪市のやり方は、「大阪市の廃止・分割」(大阪都構想)を党是とする地域政党「大阪維新の会」(以下、維新と言う)の代表である松井一郎・大阪市長の意向なのだろうが、行政の職員らが維新の「下働き集団」になってしまっている。政令指定都市の廃止、特別区への格下げ、分割は、住民に重大な不利益がある。それを隠して大阪都構想のPRばかりする大阪市は、市民の税金を使って市民をだまそうとしている。

 松井・大阪市長と吉村洋文・大阪府知事(維新代表代行)のツートップは、8月4日にそろって記者会見し、イソジンなど抗微生物成分のポビドンヨードが入ったうがい薬でうがいをすれば「コロナに打ち勝てる」とうがい薬を使ったうがいの励行を呼び掛け、ドラッグストアの店頭からうがい薬が消えた。大阪都構想はこの「イソジン会見」と同じ構図で進められている。維新と行政が結託し、多くの人がドラッグストアにうがい薬を買いに走ったように、大阪市民は住民投票でこぞって「賛成」票を投じるよう仕組まれているのだ。

車上の公明議員は市民の不利益を国会で述べた張本人

公明党の山口代表が南海・難波駅前で街宣中、すぐ近くの道頓堀川では市民団体が「大阪市廃止反対」を水上から訴えた。=10月18日、筆者撮影
公明党の山口代表が南海・難波駅前で街宣中、すぐ近くの道頓堀川では市民団体が「大阪市廃止反対」を水上から訴えた。=10月18日、筆者撮影

 10月18日、公明党の山口那津男代表が大阪入りし、住民投票で賛成するよう街頭で呼び掛けた。大阪都構想に対し、公明党はこれまで何度も賛否を変えた。大阪府内の四つの小選挙区で衆院の議席を持つ公明党は、自民党との選挙協力でこれを維持している。維新はここを突き、重要局面では「4選挙区に維新候補を立てる」と公明党を揺さぶってきた。今回の住民投票ではついに、公明党代表まで引っ張り出すことに成功したのだ。

 南海・難波駅前に止めた街宣カーの上には山口代表のほか、松井市長、吉村知事ら維新勢も揃った。最初に演説のマイクを握ったのは公明党大阪府本部代表の佐藤茂樹・衆院議員(大阪3区)。「歴史的な大阪の改革を前に進める」「反対派の人は、特別区になったら財源が乏しくなると批判しているが、これは全くの間違い」

 こう訴える佐藤・衆院議員こそが、大阪都構想ではなぜ最後に住民投票するのか最も理解している人物だ。政令指定都市を廃止して特別区を設置できる法律「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(大都市法)は、2012年8月、民主党政権下の国会で可決、成立した。この法案の提案者として国会答弁したのが佐藤・衆院議員で、住民投票規定を盛り込んだ理由を「指定都市が廃止になって、権限や税財源の面で格下げとも言える事態が生じ、住民の生活等に大きな影響がある」と述べている。つまりこの住民投票は、政令指定都市から特別区に格下げになって不利益を被る市民に、「それは嫌だ」と拒否する権利を与えておくものなのだ。現在のように維新と行政が一体となって「大阪はどんどん成長する」とアピールして住民に判断を迫るのは、法律の趣旨に照らしても異常である。

 ちなみに、民主党はこの法律を作る見返りとして、維新が国政進出しないのを期待したが、維新は法律ができた途端に国政政党「日本維新の会」を設立。民主党はしてやられただけだった。住民投票で賛成多数になってしまえば、維新は公明党が死守する大阪4選挙区に候補を立てるのではないだろうか。

政令指定都市の自民党市議らが大阪に集結

全国の政令指定都市から自民党市議らが大阪市に集結し、自民党大阪市議団とともに「大阪市廃止に反対しよう」と呼び掛けた=10月18日、JR天満駅前で。筆者撮影
全国の政令指定都市から自民党市議らが大阪市に集結し、自民党大阪市議団とともに「大阪市廃止に反対しよう」と呼び掛けた=10月18日、JR天満駅前で。筆者撮影

 公明党の山口代表が大阪入りしたのと同じ日、横浜、名古屋、京都、神戸など6政令指定都市の自民党市議約40人が大阪市内に集結し、自民党大阪市議団とともに「政令指定都市を守ろう」と住民投票では「反対」を訴えた。成田隆行・名古屋市議は「大都市で生まれる税収は、地元で使い方を決めるが大都市のあり方。大阪市の都市計画権限と税収を大阪府に移す大阪都構想は『大阪不幸想(大阪府構想)』でしかない」とコメントした。

 大阪市民の「不利益」は、大阪市税が大幅に大阪府税に変わるだけではない。大阪市の廃止、分割について、大都市法が成立した後の2012年9月、第30次地方制度調査会の専門小委員会で行政法の専門家である太田匡彦・東京大学教授は「大阪市民は茨の道を行くのか」と述べている。

 これは、大阪市は分割によって、法的に定められた行政運営の必要経費である「基準財政需要額」は増えるのに、国の地方交付税は複数の特別区を一つとみなして計算するため、分割コストは地方交付税に反映されないことを指している。日本の地方自治体の大半は税収が「基準財政需要額」に満たず、不足分を地方交付税で補てんして運営している。大阪府内の4特別区は国が国民に保障している「基準財政需要額」が満たされない日本一貧乏な自治体となる。それを太田教授は「茨の道」と表現した。

 この問題は大阪都構想の制度設計を協議する「大都市制度(特別区設置)協議会」(通称、法定協議会)で、自民党の川嶋広稔・大阪市議が何度も指摘し、自民党市議団は地方交付税の不足分は少なくとも200億円に上るとの独自試算も公表した、しかし、大阪市の広報物は大阪都構想が根本的に抱えるこの問題に全く触れていない。制度の致命的欠陥を市民に知らせないのは、住民投票で反対票が増えることにつながるため「意図的に隠ぺい」していると言うほかない。

イソジン会見より悪質な「大阪都構想の経済効果」

大阪都構想の経済効果を記載した維新のチラシ(左)と大阪市の説明パンフレット(右)=筆者撮影
大阪都構想の経済効果を記載した維新のチラシ(左)と大阪市の説明パンフレット(右)=筆者撮影

 大阪都構想の致命的欠陥を隠ぺいするだけでなく、維新及び大阪市はでっち上げのような財政効果や経済効果を謳っている。大阪市製作の大阪都構想に関する説明パンフレットには、「特別区の設置による経済効果」として、大阪市を4分割すれば年1000億円も行政運営コストが削減でき、この浮いた金を投資することで10年で約1.1兆円の経済効果があると記載している。維新発行の広報チラシ「維新プレス」にも同様の記載がある。

 大阪府市の業務委託でこの試算をしたのは学校法人嘉悦学園だが、法定協議会や大阪市会の議論で実現可能性がないとはっきりしている。嘉悦学園の試算は、人口50万人程度の基礎自治体で住民1人当たりの行政運営コストが最低になるという先行研究をもとに、人口約270万人の大阪市を4分割すれば50万人に近づくため、年1000億円の行政運営コストが節約できるとしている。しかし、人口が増えると住民1人当たりの行政運営コストが上昇するのは、都市化するのが主たる理由であって、都市インフラの集積で行政の仕事が増え、物価も高くなるからだ。嘉悦学園の試算の通りであれば、大阪市は4分割された途端に田舎にならなくてはいけない。2018年6月にこの試算が公表された途端、地方自治や地方財政の専門家から批判や反論が噴出したのに、大阪市の説明パンフレットには堂々と掲載されている。

 冒頭に述べた「イソジン会見」は各方面から大いに非難されたものの、少なくとも医療機関の実施したコロナ感染者への実験データは事実であろうし、吉村知事らの記者会見は科学データを偽ったとまでは言えない。少数の患者への限定的な実験データしかない始まったばかりの研究をもってして、コロナの特効薬が見つかったかのようにマスコミ発表したことが問題視されたのだ。

 事実に反した嘉悦学園の試算を、大阪市や政党が社会科学研究として発信するのは科学の悪用である。

大阪市民は行政よって「賛成」に誘導されている

 

 大阪市の広報に関する助言をする特別参与の山本良二・近畿大学教授はかねて、大阪都構想の広報について「広報というより広告になっている」「メリット、デメリットなど客観的な情報を伝えるべき」と苦言を呈してきたと報道されている。8月18日の広報動画に関する会議で山本・特別参与が「(大阪市が特別区になれば)バラ色という印象を与えてしまわないか」「かなり偏った内容」と指摘したのに対し、法定協議会の事務局である副首都推進局の広報担当課長は「賛成に誘導するために(やっている)」と答えている。

 行政ぐるみで市民を賛成に誘導し、住民投票で賛成多数になれば、大阪府市の官僚たちは松井市長や吉村知事から「よくやった」と評価され、出世コースに乗るのかもしれない。官僚によって「茨の道」に誘導されるのでは、大阪市民は何のために税金を払っているのだろうか。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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