南房総で、サッカーを文化に。元日本代表FW・北本綾子GMが語る、オルカ鴨川FCの未来図
9月上旬に発生した台風15号は、関東に上陸したなかで過去最大級と言われるほどに勢力を増し、千葉県の広域に大きな被害をもたらした。
房総半島南部の鴨川市をホームタウンとする女子サッカーチーム、オルカ鴨川FC(オルカ)は、ホームスタジアムである鴨川市陸上競技場の屋根が飛ばされるなどの被害を受け、9月15日に開催予定だった第13節が中止になった。クラブは11日から3日間の練習を取りやめ、監督、選手、チームスタッフが総出で地域に貢献する活動に奔走した。
なでしこリーグでは複数のクラブがオルカ鴨川FCや、オルカを通じた被災地への義援金の募金活動を行い、復興支援を続けている。
参考記事:台風の爪痕残るスタジアムから再スタート。なでしこ2部・オルカ鴨川FCは地元に寄り添い、底力を見せた
南房総初のプロスポーツチームを目指すオルカは、今季なでしこリーグ2部で快進撃を続けてきた。10月3日現在、首位の愛媛FCレディースに勝ち点差「4」の2位に付けており、リーグ戦残り5試合で1部昇格圏内(※)にいる。
躍進の理由は、育成に長けた山崎真監督を招聘し、元なでしこジャパンのDF近賀ゆかりを補強するなど、強化策が成果をあげていることも大きい。その仕掛け人が、北本綾子GM(ゼネラル・マネージャー)だ。元日本代表の経歴を持ちながら、27歳の若さで一度は現役引退を発表した。
その後、オルカの立ち上げに関わり、選手兼監督兼GMとして2年、その後は監督兼GMとして、創設からわずか4年で県リーグ2部からなでしこリーグ2部までチームを導いた。そして、18年からは自身の立場をGMに一本化。人口3万人強の鴨川市で、オルカを地元の人々に愛される人気チームとして定着させつつ、育成・強化・普及を進めてきた。
なでしこリーグのプロ化が議論される中、観客動員や地域密着の重要性、セカンドキャリアへの考え方など、持続可能なリーグ運営を想定すると、各クラブの方針も気になるところだ。その中で、独自の道を切り開いてきたオルカのクラブ運営は一つのモデルケースになるかもしれない。
第14節ちふれASエルフェン埼玉との上位対決を翌日に控えた9月29日、北本GMにお話を伺った。
台風15号発生から現在までの経過、今季の躍進を支える監督招聘と選手補強の裏側、地域密着型クラブとして目指すプロ化へのビジョンなど、テーマは広範囲にわたった。北本GMは一つひとつのテーマに、ある時は選手の目線で、ある時は指導者目線で、そしてある時は経営者の目線から熱く語ってくれた。
(※)1位のチームは自動昇格、2位のチームは1部で9位のチームとの入替戦を戦う権利を得る。
【地域貢献活動と各クラブへの感謝】
ーーまずは台風15号のその後の経過について伺います。9月15日の第12節は中止になり、チームは11日から3日間、練習を中止して貢献活動を行っていました。当時の状況を教えていただけますか?
北本GM:映像で伝えられていたように、台風で電柱が倒れるなどの被害がありました。停電などで被災した方々のためにチームのスポンサーであるホテル三日月さんがお風呂の無料開放や炊き出しをしていたのですが、人手が足りていなかったので、チームが宣伝用に使っている車で「おにぎりを何時から何時まで配っています」と走りながら放送しました。足や体調が悪くて動けない方もいたので、山崎監督が物資を運び、選手は公民館に来る方に物資を配ったりしました。私は、木更津のホテル三日月でセカンドチームの選手たちと一緒にスパを磨くお手伝いをしました。チームスポンサーだからということではなく、ホテル三日月は地域に根付いている大きなグループですから、木更津が営業を再開できれば、他にも良い影響が広がると思ったのです。
ーー熊本地震の時は、オルカのホーム試合で復興マッチを開催するなどの支援活動も行っていましたね。今回、なでしこリーグでは複数のクラブが、ホームの試合でオルカ鴨川FCや、オルカを通じた被災地への募金活動を行っていました。
北本GM:はい。台風の後、各クラブのGMの方たちが連絡をくださり、『募金活動をします』と言ってくださって。本当にありがたかったですね。スタジアムの屋根やベンチはアウェーチームも使うものですし、いつまでも台風の爪痕が残るのは良くないので、その修繕にも一部を充てられたらと思っています。競技場は市営なので、集めていただいたお金を持参して後日、市長を訪問する予定です。メディアの方にもご協力いただいて、サポートしてくださった皆さんへの感謝をしっかりと伝えていきたいですね。
【GM2年目の大仕事】
ーー北本さんは創設2年目まで選手、監督、GMを兼任し、3年目の16年に監督とGM業に絞り、昨年からはGMに一本化されました。元々、この形を望まれていたのでしょうか?
北本GM:昔から、表に出るのがあまり好きじゃないんですよ。もちろん、チームが優勝したり、いろいろな方の支えで何かがうまくいけば嬉しいし、褒められれば幾つになっても嬉しいです。ただ、自分が裏で何かを整えたり、チャレンジしたことでいい結果が出た時の方が喜びを感じるんです。学生時代はリーダーシップを取る生徒会長タイプではなく、本を借りにくる人に静かに本を渡す図書委員タイプでしたね(笑)。昔は人前で喋るのも嫌でしたから。
ーーそうなんですか(笑)。GM2年目の今季は、2つの大きな仕事をされましたね。まず、山崎監督を招聘した経緯について教えてください。
北本GM:オルカにはベテラン選手もいますが、全体的には育てなければいけない選手が多いので、熱い指導者がいいなと思っていました。山崎監督はめちゃくちゃ明るくて、時間さえあれば海外サッカーなどの映像を見ています。勉強しているというよりは、興味があって見ているという感じで、いい意味でサッカーオタクなんです。その熱を伝え続けることができて、もし間違っていても「ごめん」と率直に言える、その取り繕わない人間的な魅力が素敵で、オルカに合うと思いました。指導する時に正解を求める選手もいますが、山崎さんは答えを教えるわけではなく、考えさせるところがありますね。正解はありませんから。
ーーなるほど。近賀ゆかり選手の獲得も大きなトピックでしたが、彼女が入団会見で「選手人生でこんなにも熱意を込めて、必要としてくれるオファーは最初で最後だと思いました」と語っていたのが印象的でした。何年越しのオファーだったんですか?
北本GM:3年ぐらいだと思います(笑)。近賀は(サッカーが大好きな)サッカー小僧で、自分が成長したいという強い思いがあると同時に、オルカの選手たちを一緒に引き上げたいと思ってくれるのではないかと思ったし、彼女ならそれを両立できると思いました。でも、実際にオルカに移籍してきてからの彼女を見ていると、プレーでもコーチングでも、想像していた以上にすごい人でした。
代表で一緒にプレーしましたけど、こんなに近くでじっくりとプレーを見たことがなかったんです。今年のチーム作りを見る中で、近賀がいなかったらもっと下の順位でもおかしくないのではないかな、と思うほど効いていますね。鼓舞したり指示をしながら、ここぞという場面ではダッシュをする。スプリンターではないですが、速く見えるんです。それは常にいいポジショニングを取る準備をしていることもあるし、ここぞという場面で力をかけているから。(同じくベテランの)南山千明もいい味を出していますね。監督と選手だけじゃなく、2人のように経験のある選手がいるだけで、周りも大きく変化することを感じています。
【仕事について】
ーー選手たちは、平日はどのようなスケジュールで仕事をしているのでしょうか。
北本GM:27名中20名が亀田病院に勤務していて、仕事は8時から15時までです。練習は16時過ぎにスタートします。3名が学生、2名がプロですね。セカンドチームから上がってきた選手は亀田病院の系列で保育士さんとして活躍していますし、(南山)千明は市役所で働いています。彼女はスクールで子供と接するのがとても上手なので、地域活動で学校訪問をする日などに優先的に行ってもらっていますね。
ーー病院での仕事をセカンドキャリアにつなげる選手もいるのですか?
北本GM:看護師の資格を取るには授業が多く、課題も多いので物理的に難しいと思います。ただ、セカンドチーム(BU)はそれを実現できる環境で、看護学校に行っている選手もいます。近くに亀田医療大学と医療専門学校があるので、たとえばセカンドチームでサッカーをしながら大学に通い、4年生になったら看護師の国家試験を受けて資格を取って、サッカーの実力があればトップチームでプレーをする。それで、引退したらそのまま看護師として働くことも可能です。
ある選手は、オルカで現役を引退した後に専門学校に入りました。選手としてやりきってから学校に通い、そのまま亀田病院で働くという形もありますね。
ーー様々な可能性があるのですね。今後、環境面をさらに良くしていく予定はありますか?
北本GM:結果を出した上で環境が良くなっていく、というサイクルにしたいと考えています。自分たちの力で結果を残して変える、という形にしていきたいんです。ただ、この2年間は(1部に昇格)できていないので、昇格してもできなくても、環境面で変化は加えたいと考えています。先行投資をしないといけない時期だと思いますから。
【地域密着を実現するために】
ーー今季、オルカのホーム平均観客数は754名(第14節終了時点)で、2部ではASハリマアルビオン(兵庫)に次ぐ2位です。地域密着を実現しているように思えます。
北本GM:客層は全体的に年齢が高めの方が多いですが、30代の方などもいます。子供がもっとたくさん来てくれるようになると嬉しいですね。今後はプロ化も見据えて、まずは1部に上がらなければいけない使命がありますけれど、もっと戦略的に集客活動をしていくことが課題です。
ーー地域密着とチームの発展を両立させることはできるのでしょうか。
北本GM:人が街を作るので、人が元気じゃないと街も元気になりません。そういう意味で、自分たちはこの県南の地域をもっと盛り上げていきたいですね。ここの地域の方々は割と豊かで余裕があります。産業が充実していて、生活していく上では困らないからそういった欲が少ないのかもしれませんが、娯楽が少ないんです。県北と違ってプロのチームがないので、自分たちがプロチームを目指すべきだと思うし、今は全国的に医療費の高騰が問題になっていることもあり、スポーツを通して健康に目を向けて、県南を豊かにするという目標が必要です。
去年、ドイツに視察に行った際、クラブハウスの横に必ずバーがあって、そこで昼間からおじいちゃんとおばあちゃんがトランプに興じていて。応援しているチームの練習が始まるまでトランプをして騒いで、練習が始まったら文句を言いながらもサッカーを語り合う。そういう日常の光景がいいなぁと思いました。文句を言われたって、気にしてもらっているという意味では光栄なことですし。みんなの生活の中の一部までにはまだなれていないけれど、オルカの試合を楽しみに土日の試合を迎えるという風になったらすごくいいなと。
ーーそれはいいですね! スポーツ観戦が日常になり、文化になる。
北本GM:はい。あと、鴨川の方たちはあまり外から入ってきたものや新しいものを好まない傾向にあって、保守的なところがあります。ただ、一回触れ合うとすごく強い。たとえば、お祭りがあるんですね。私にとってお祭りのイメージはりんご飴やチョコバナナのイメージだったのですが、鴨川では市役所の職員でも、お祭りの準備のために有給を使って休んだりするんです。各地域で大きなお神輿を担いで競い合ったりするんです。だから、団結力は本当にすごいんです。そういう意味では、何か強い目的があれば、そこに対するパワーのかけ方はものすごいものがありますね。
【プロ化へのビジョン】
ーー地域性も踏まえて需要を汲み取ることも、地域密着という点では大切なことですね。最後に、2021年に向けてリーグのプロ化が議論されている中で、どの程度準備をされていますか?
北本GM:まだプロ化のレギュレーション(条件)がはっきりと出ていないのでなんとも言えないところではありますが、J2ぐらいの規模だと考えると、物理的には、スタジアムなどのハード面のハードルは高いですね。あとは、チームとして組織の改革が必要です。来年1部に上がっている状態で、1部でしっかり戦いながら、21年に向けた計画を立てていく。今大まかに言われている予算面はクリアしたいと思っています。
それから、プロ化を継続していく上では観客数がとても大事だと思っています。スポンサーさんも社会貢献のために支えてくれている部分はあると思いますが、プロ化をする21年頃には平均観客数を3000人ぐらいに増やせるように計画を立てたい。23年のW杯では代表選手を何人か出せるようにすることが理想です。
ただ、セカンドキャリアの問題もあります。苦労を知らずにプロになって、選手生命が終わった時に困るということがないようにしたいですね。サッカーをやめたあとの人生の方が長いわけですから。
ーー今日はお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました。