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台風の爪痕残るスタジアムから再スタート。なでしこ2部・オルカ鴨川FCは地元に寄り添い、底力を見せた

松原渓スポーツジャーナリスト
2部で優勝争いを続けるオルカ鴨川FC(筆者撮影)

【試練の1カ月】

 太陽を反射してきらめく太平洋、ヤシの木が並び、南国を思わせる海岸線、のどかな畑道と林道。子供連れのファミリーで賑わう、シャチのパフォーマンスで有名なテーマパークーー。

 千葉県の房総半島南部の鴨川市。 9月上旬、関東で猛威をふるった台風15号が去ってから、3週間が経った。9月末に訪れた鴨川の街は、以前の色彩を取り戻しつつあるように見えた。

 

 その復興に足並を合わせるように、なでしこリーグ2部で戦う鴨川の女子サッカーチーム、オルカ鴨川FC(オルカ)も、1部昇格に向けて勢いを取り戻しつつある。

 2014年2月のチーム立ち上げからわずか4年で2部まで上がり、直近の2シーズンは2部で上位争いを繰り広げてきた。そして今季は開幕から4連勝と最高のスタートを切り、念願の2部優勝と1部昇格への道をひた走ってきた。

 しかし、大型台風がもたらした甚大な被害はオルカの活動にも影響を及ぼした。

 千葉県内は広域で停電や断水が続き、食糧や水事情も悪化。産業、観光、運送、通信まで被害は及んだ。オルカのホームグラウンドである鴨川市陸上競技場はメインスタンドの屋根が一部飛ばされ、試合で使用する移動式のベンチも折れた。9月15日に開催予定だった第12節スフィーダ世田谷FC戦は、来場者の安全を考慮して中止(10月16日に延期されることが後に発表されている)に。オルカは11日から3日間の練習を中止して、選手、スタッフ総出で復興に人手が必要な地域の手助けとなるようにと、活動を行った(当時の状況は北本綾子GMインタビューに詳述)。

 また、なでしこリーグでは10を超えるクラブがオルカや、オルカを通じた被災地への義援金の募金活動を実施。チームを統括する北本綾子GMは当時をこう振り返る。

「台風の後、各クラブのGMの方たちが連絡をくださり、『募金活動をします』と言ってくださって。本当にありがたかったですね。スタジアムの屋根やベンチはアウェーチームも使うものですし、いつまでも台風の爪痕が残るのは良くないので、その修繕にも一部を充てられたらと思っています。競技場は市営なので、集めていただいたお金を持参して後日、市長を訪問する予定です。メディアの方にもご協力いただいて、サポートしてくださった皆さんへの感謝をしっかりと伝えていきたいです」

 一方、9月21日に行われた第13節セレッソ大阪堺レディース(セレッソ)戦(0-2)で今季2敗目を喫したオルカは、連勝を3でストップさせ、消化試合が1試合少ない関係で、順位は首位から2位に下がった。そんな中、29日(日)の第14節で、3位のちふれASエルフェン埼玉(エルフェン)との直接対決を迎えた。

 優勝争いが佳境にさしかかり、1部昇格に向けて両者ともに重要な試合と位置付けていた一戦だった。

 結果は1-1のドロー。だが内容は決して悪いものではなく、山崎真監督は試合後、ホッとしたような表情を見せた。セレッソ戦の敗戦の悪い流れを断ち切ることができた理由を聞くと、怒涛の3週間をこう振り返った。

「台風の被害によって起きた様々なことは、絶対に言い訳にはしたくありません。ただ、地域への恩返しということで貢献活動をさせてもらい、セレッソ戦までの2週間は負荷をかけるトレーニングをすることが難しかったです。(地域貢献)活動の中で受け取ったものは大きかったですが、選手たちにとって日頃感じ得ないような疲労感があったのもたしかで、2週間は回復に努めるようにしました。選手はセレッソ戦で精一杯の力を発揮してくれましたが、体は正直で、しんどい部分もあったと思います。この(エルフェン戦までの)1週間は負荷の高いトレーニングができたので、今日のチームパフォーマンスにはそれがよく反映されていたと思います」(山崎監督)

 山崎監督が地域貢献活動を「恩返し」と表現したのは、オルカが地元に支えられて成長してきたチームであることも大きい。オルカの運営を支える母体は、亀田メディカルセンターだ。千葉県南部の医療を支える大きなグループで、系列の亀田総合病院は選手の雇用先にもなっている。

 元々、プロスポーツチームがない土地柄もあり、オルカは地元の人々から愛されてきた。今季のホーム平均観客数(2部)は、ASハリマアルビオン(兵庫)の790名に次ぐ754名を記録(第14節終了時点)。鴨川市の人口は3万人強で、人口全体の比率という観点で見れば、1部を合わせてもリーグトップクラスだ。

鴨川市陸上競技場の屋根はまだ台風の爪痕を残していた(筆者撮影)
鴨川市陸上競技場の屋根はまだ台風の爪痕を残していた(筆者撮影)

 エルフェンとの試合当日、鴨川市陸上競技場の屋根はまだ痛々しく剥(は)がれたままだった。そのため、安全面を考慮してメインスタンドは封鎖になり、バックスタンド側に広がる芝の席を開放。それに伴い入場料はすべて無料になった(通常は前売券1000円)。それでも、オルカが鴨川市陸上競技場での開催にこだわったのは、芝の張り替えのためこのスタジアムを使える今季最後のチャンスだったこと、そして、台風の被害から日常を取り戻しつつある中で、ここからリスタートしよう、という意味も込めてのことだったと、北本GMは明かしている。

 試合後、健闘を称えあった両チームに、芝席を埋めた783人の観客から惜しみない拍手が送られた。

【躍進を牽引するキーパーソン】

 今季、オルカが好調を維持している理由の一つに、13試合でわずか6失点という堅守がある。そして、その戦い方を貫くことができているのは、2人の人物の存在が大きい。

 一人は、今季から指揮をとる山崎監督だ。Jリーグクラブのユースや大学などで育成に携わり、昨年は1部のアルビレックス新潟レディースを率いていた。そして、もう一人が、今季加入したDF近賀ゆかりだ。日テレ・ベレーザやINAC神戸レオネッサなど、1部の強豪チームで活躍し、代表では2011年のドイツW杯で不動の右サイドバックとして優勝に貢献。W杯3回、五輪2回の出場経験を持っている。

 近賀がオルカ入団の意思を固めたきっかけになったのは、北本GMからの熱いオファーだった。当時、近賀は16年から18年まで、シーズンが異なるオーストラリア(Wリーグ)と中国(2部女子リーグ)を行き来しながらプレー。どちらでも重宝される存在となっていた。現役時代は日本代表選手として近賀とチームメートでもあった北本GMは、その実力や人となりを十分に理解した上でおよそ3年間、オファーを出し続けたという。

「近賀は(サッカーが大好きな)サッカー小僧で、自分が成長したいという強い思いがあると同時に、オルカの選手たちを一緒に引き上げたいと思ってくれるのではないかと思ったし、彼女ならそれを両立できると思いました。でも、実際にオルカに移籍してきてからの彼女を見ていると、プレーでもコーチングでも、想像していた以上にすごい人でした」(北本GM)

プレーとコーチングでチームを牽引する近賀ゆかり(筆者撮影)
プレーとコーチングでチームを牽引する近賀ゆかり(筆者撮影)

 エルフェン戦で、近賀はセットプレーから49分に貴重な先制点を決めている。だが、その存在感が際立っていたのは守備面だった。

 MF伊藤香菜子、MF薊理絵(あざみ・りえ)ら、代表歴を持つベテラン選手を中心に丁寧なビルドアップを見せるエルフェンに対し、オルカは粘り強く守った。リードした後半はエルフェンが猛攻を見せ、77分にMF田嶋みのりのゴールで追いつく。その後もエルフェンがボールを支配したが、オルカは最後まで鋭いカウンター攻撃を見せた。

 近賀はオルカの中央、守備的なボランチの位置で攻守を切り替えるスイッチを担い、細かく指示を出しながら全体をコントロールしていた。右サイドバックでプレーしていた頃は、黒子役として力強くチームを支える職人肌のイメージがあっただけに、指揮者のように全身でチームを鼓舞する姿が新鮮に映った。試合後、こんなに声を出していたことが今までにあったかと聞いてみると、端正な顔立ちに柔らかい笑みが広がった。

「いや、今までは(コーチングは)全然していなかったです(笑)。ただ、ポジション的にも言わないとうまくいかないので、それなら言った方がいいし、このチームには若い選手が多いですから。チームのやり方を伝えながら、周りの選手に自分がボールを取りやすいところにいてもらえるように声を出している感じですね」(近賀)

 そんな彼女の存在について、山崎監督も絶大な信頼を口にする。

「うちのチームが今このコンセプトで戦えていること、この順位にいることは彼女の存在なくしてはなし得なかったことだと思います」

 山崎監督へのオファーを出したのも北本GMだ。その経緯について、北本GMは、育成に長けた監督であることや、時間さえあれば海外サッカーの映像をチェックしているというサッカーへの情熱、取り繕わない人柄が魅力的に映ったと明かしている。その熱さや人柄は、山崎監督のこんな言葉に垣間見ることができる。

「(海外サッカーを見るのは)僕自身が好きだからです(笑)。指導者としてまだまだ発展途上なので、映像から学ぶ点が多くあります。ただ、選手たちをそこに当てはめることはしたくありません。模倣から始まることもありますが、まずは自分で考えることが何より大事だと思っています。それでも、良いプレーは男女問わず、『これはすごいよね』という感覚で選手に見せます。映像のシャワーというか、いいものを浴びて、その1割でも自分の中で閃きがあれば糧になると思いますから」(山崎監督)

 オルカには、若手からベテランまで様々な個性が光っている。エルフェン戦では近賀と同じく国内外のリーグで活躍し、代表歴もあるFW南山千明、昨年のU-20女子W杯優勝メンバーのDF村岡真実、キャプテンとしてチームをまとめる守護神GK國香想子、攻撃の起点となるMF浦島里紗などが存在感を見せた。そういった選手たちをさらに輝かせているという点でも、近賀と山崎監督の2人がキーパーソンになっている。

【プロ化へのビジョン】

 2021年を目処にしたなでしこリーグのプロ化が議論される中、北本GMは「プロ化も見据えて、まずは1部に上がらなければいけない使命があります」と語った。

 プロ化の波に乗り遅れないようにしながら、4年後の女子W杯が行われる2023年には代表に選手を送り出せるチームにしたいという明確なビジョンがある。

 リーグがプロ化された場合、最初は8チーム程度でのスタートが想定されているが、オルカはその参入条件を満たす可能性がある。そのために必要なスタジアムをどうするかということや、観客動員をさらに増やして持続可能な運営をするべく、北本GMは以前から地域に根ざしたプロチームへの道を模索し、スポンサーや行政とも良好な関係を築いてきた。

亀田総合病院は広く開放的な雰囲気だった(筆者撮影)
亀田総合病院は広く開放的な雰囲気だった(筆者撮影)

 中でも、亀田総合病院の存在が非常に大きい。現在、選手27名のうち、学生やプロ選手2名を除く20名が亀田総合病院で勤務しており、選手は病院の寮に住んでいる。就労時間は8時から15時までで、練習は16時過ぎに始まる。

 今回の取材に当たって実際に職場である病院内を案内してもらったが、広い敷地内には喫茶店やフラワーショップ、美容室などが揃い、窓からは目の前に海が広がる素晴らしい眺めが一望できる。

 オルカの選手は主に技術者をサポートする仕事で、臨床検査室や薬剤部などに配属されているという。

「疲労やケガの回復にも有効な高気圧酸素治療室」(写真提供:医療法人鉄蕉会)
「疲労やケガの回復にも有効な高気圧酸素治療室」(写真提供:医療法人鉄蕉会)

 また、練習でケガをした際にはすぐに診断を受けることができ(チームドクターも病院に勤務している)、4人まで入れる高気圧酸素治療室では疲労回復やケガの早期回復も見込める。近賀も高気圧酸素治療を利用していることを明かし、「回復が早い感じがしますし、特に筋肉系にはいいと思います」と語った。

 セカンドキャリアへの道も開かれている。看護師免許は国家資格のため、現状、トップチームとの両立は難しいが、セカンドチームには、看護学校に通いながらサッカーをしている選手がいる。引退後に亀田医療大学や医療専門学校に通って資格に挑戦したり、亀田病院で働くケースも考えられる。自身も選手だっただけに、北本GMはプロ化によって生まれる様々なメリットとともに、セカンドキャリアの問題についても模索を続けている。

 そして、今後はクラブの発展にさらなるスピード感を持たせるため、「フロント強化、組織改革が必要だと思っています」と明かした。

 今季、2部は優勝したチームが1部に自動昇格、2位が1部の9位のチームとの入替戦に回る。上位争いは混戦模様で複数のチームが2位以内に入る可能性を残しており、目が離せない試合が続く。

 試練の1カ月を乗り越えたオルカは、残り5試合で1部昇格へのチケットを手にすることができるだろうか。

 次節は10月5日(土)にアウェーの日産フィールド小机(神奈川県)で、6位のニッパツ横浜FCシーガルズと対戦する。

 また、次の記事では北本綾子GMのインタビューをお届けする。

南房総で、サッカーを文化に。元日本代表FW・北本綾子GMが語る、オルカ鴨川FCの未来図

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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