トランプの進軍ラッパと演説原稿を破り捨てたペロシの火花
フーテン老人世直し録(491)
如月某日'''
日本時間の5日午前11時から行われたトランプ大統領の一般教書演説は、米国民に「偉大なアメリカ」の幻想を振りまき、さながら再選に向けて「進軍ラッパ」を吹き鳴らすような演説だった。
これに対し民主党のペロシ下院議長は、演説が終わるやトランプの演説原稿を破り捨て、戦いの火ぶたが切られたことを国民の目に焼き付ける行動に出た。大統領の一般教書演説でこれほど党派対立が鮮明になったことはかつてない。
米国内の分断がますます激しさを増していることを、トランプの一般教書演説は世界中に知らしめた。それはおよそ28年前のソ連崩壊で唯一の超大国となった米国が、世界を一国で支配するため、着々と準備する様子をワシントンで取材していたフーテンにとって、まるで異なる米国である。
日本でも安倍総理が「暗い時代を自分が終わらせた」と言って未来に幻想を振りまくが、30年前と現在の日本を比べれば、天国から地獄に転落したと言って良いような没落ぶりだ。そして人口減少していく先に光は見えない。米国もトランプが何を言おうと唯一の超大国から転落していくことは確実で、それが国内の分断を強める要因になっている。
そもそも一般教書演説は、大統領が年の初めに連邦議会下院本会議場で、上下両院議員を前に米国の現状と課題を語り、この1年間何を行うか基本方針を示すものである。それは国民にもテレビ中継されるので、あからさまな党派性は見せないようにするのが通例だった。
ところが今年の一般教書演説は、冒頭からバチバチと火花が散った。議場に入場した大統領は演壇に登ると、後ろに座る上下両院議長に演説原稿を手渡す。ペロシはそれを受け取る際に握手しようと手を差し出したが、トランプはそれを拒否してペロシとは目も合わせなかった。
すると議員たちに大統領を紹介するペロシも、通例なら「大統領を紹介する栄誉に浴し」と始めるところを「議員のみなさん、米国大統領です」とだけ言った。するとまた共和党議員たちから「あと4年」の大合唱が出て、異様な雰囲気の中で一般教書演説は始まった。
トランプの「進軍ラッパ」の第一は経済である。米国経済は自分の政権になってから絶好調で、以前の政権のような衰退は二度とない。恵まれない労働者階級にも恩恵は行き渡り「ブルーカラー・ブーム(労働者の好況)」が来たと「本当か?」と思わせる演説をした。
そして民主党が力を入れる医療保険制度を「社会主義」とこき下ろし、トランプ政権も医療保険制度改革に力を入れていると、いかにも弱い者の味方を装う。これも「?」と思ったが、とにかくトランプはマイノリティや弱者の味方であることを強調した。
そこでトランプは、議場に学校に入れなかった女の子や未熟児で生まれた子供を招き、演説で「希望を叶うようにする」と断言し、喜んだり感動する表情をテレビに映させる。フーテンもテレビマンだったので視聴率の取り方は知っているが、トランプのやり方は実にえぐい。田舎芝居で涙を流させるやり方だ。
父親がアフガンに出兵した家族を紹介し、そこにサプライズで戦地から帰国した父親を登場させる。知らされていなかった家族は思わず涙ぐむ。ラジオパーソナリティのラッシュ・リンボーはリベラル派を攻撃することで有名だが、議場に呼ばれ突然大統領自由勲章という米国で最高位の勲章を贈られた。こちらも驚いて思わず涙ぐむ。
これらの演出には、岩盤支持層である保守陣営を固めると同時に、知的エリートに反感を持つ庶民、それから黒人の票を民主党から奪おうとする思惑が見えた。そしてトランプは外交でも米国から富を「盗んだ」中国に毅然と対応して富を取り戻し、同盟国にも毅然と負担を負わせて米国の利益を守っていることを強調した。
また米国に危害を加えるテロリストを2人も殺したと、ISの指導者バグダディとイラン革命防衛隊司令官ソレイマニ暗殺を自慢した。そう言われてみると、オバマがアルカイダのビン・ラディン1人を殺害したのに対抗するには数で上回る必要があり、だから新年早々ソレイマニ暗殺を実行したのかと思わされた。
そして今年の一般教書の特徴は、北朝鮮に対する言及がまるでなかったことだ。かつては北朝鮮に対する口撃が毎度だったが、今年は代わりに南米ベネズエラのマドゥロ大統領が口撃された。議場にはその政敵であるグアイド暫定大統領が招かれ、議員たちから何度も拍手を受けた。これが何を意味するか。今年のトランプはベネズエラを攻撃するのか。
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