北朝鮮でまん延する権力による性暴力…国際人権団体「文大統領は金委員長と人権対話を」
数十の事例を集めた報告書
1日、国際人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW: Human Rights Watch、本部ニューヨーク)がソウル市内で記者会見を開き、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)で権力を傘にきた女性への性暴力がまん延している実態を明かした。
この日の会見は、同団体による報告書「『夜に涙は流すが、理由はわからず』:北朝鮮の女性に対する性暴力(原題:You Cry at Night but Don’t Know Why)」の発刊に合わせて行われたもの。国際的な団体が10年ぶりに出す報告書ということで、内外の記者、活動家、各国大使館関係者など50人以上がつめかけた。
同団体によると、この報告書は2015年から2018年7月にかけて行った、韓国および第三国に済む脱北者106人へのインタビューのうち、金正日氏死去により金正恩氏が後を継いだ2011年以降に脱北した、62名の証言を元に作成したもの。
報告書には女性たち自身が語った、数十例におよぶ北朝鮮で受けた性的暴力の事例が挙げられている。加害者たちは保安省(警察官)や保衛省(情報機関・秘密警察)所属の尋問担当者や監視員などの「官吏」、さらに市場を監視する管理人など様々だ。
証言からは生殺与奪を握る「権力」を持った男性たちが、「幼い子どもを家に残してきたから、早く釈放されたい」、「国の配給が無い中、主婦である自身が働かないと生計を維持できない」といった女性の弱みにつけこみ、性的暴力を行っていることが分かる。
「被害者が不利益を受ける構造はおかしい」
HRWのケネス・ロス事務総長はこの日の会見で「北朝鮮の官吏たちは処罰に対する恐れを抱かずに性暴力を行っている」とし、「北朝鮮当局は事件の調査や起訴を行わず、被害者たちに対する保護措置や関連サービスも提供されていない」と報告した。
報告書では実際、2017年8月に北朝鮮政府が国連の「女性差別撤廃協約(CEDAW)」の履行監視機関に報告した「強姦罪での逮捕者は08年に9名、11年に7名、15年に5名」という内容を挙げている。
ロス事務総長は「北朝鮮政府は『北朝鮮では性差別や性暴力がない』と信じられない主張をしている。刑法に罰則があるが。北朝鮮当局には処罰する意志が認められない。今すぐに可能な措置を採るべきだ」と重ねて指摘した。
この日の会見には、北朝鮮で実際に性的暴力を目撃した女性も同席した。
2006年に脱北した「ニューコリア女性連合」のイ・ソヨン代表は「9年間、女性軍人として過ごした際、所属部隊120人のうち中隊長から日常的に強姦されていた3人が『男性中隊長と遊んだ』かどで不名誉除隊させられた」事例を明かし、「被害者が不利益を受ける構造がおかしい」と強調した。
イ氏はまた、「最近になってmetoo運動に触れ『なぜ、北朝鮮ではmetoo運動が無いのか』と考えた」と述べ、「北朝鮮の女性は女性である前に『道具』だった。誰も女性の味方をしてくれない。自身が置かれた境遇を理解できるような教育が大切だ」と、北朝鮮社会に根付いた女性蔑視の慣習を改善することを訴えた。
文在寅大統領への厳しい注文
今年に入り、南北首脳会談だけでも3度行われるなど、朝鮮半島の非核化と南北関係改善が議論されているが、北朝鮮の人権問題が議題にのぼったという話は聞こえてこない。
質疑応答の時間には、事実を指摘した上で「非核化交渉のみ話し合われ、人権が後回しになっている現状をどう思うか」という質問が形を変えて数度、ロス事務総長に向けられた。
同氏はこれについて「文在寅大統領は金正恩委員長に対し、あまりに近視眼的でナイーブなアプローチを繰り返している。北朝鮮が決めた議題だけを討論するというのはおかしい」と、厳しい見方を示した。
さらに「昨年と異なり、今年は朝鮮半島での戦争危機は過ぎ去った。人権と非核化を包括的に話し合うよい機会が訪れた」とし、「核開発に使われた資金は本来、自国民の医療や福祉のために使うべき資金だ。この点だけでも非核化と人権が無関係ではないことが分かる」と主張した。
また、「私はメルケル首相にも会ったし、レバノンにも行った。それなのにこれまで(韓国内の)人権のために多くの活動をしてきた文在寅大統領は私と会おうとしない」と心中を明かした。
一方、金正恩委員長に対しては「女性への性暴力を無くすことは決して、指導層の権力と対峙するものではない。この点においては十分に変化できるということを認識するべき。今すぐ、できることは多い」と訴えた。
ロス事務総長はその上で再度、文大統領に対し「女性への強姦を止めるように要求したからと、非核化交渉が止まるだろうか?まさか金正恩氏がそう答えるだろうか?」と問いかけ、「これはあくまでも(人権を議題に含めるという)意志の問題だ。非核化の影に隠れてはならない。人権と非核化の二兎を追って欲しい」と注文した。
イ代表もまた、「性暴力は北朝鮮の権力層により行われるもの。性教育をしたり、法的な整備をするなど、金正恩氏にできることは多いと提議するべき」と文大統領に注文した。
また、過去に金正日総書記の妹・金慶喜(キム・ギョンヒ)氏が女性軍人の環境改善を命じハンドクリームなどが配られた事例を挙げ、「(金正恩氏の妹の)金与正(キム・ヨジョン)氏に提案してみるのも一つのアイディア」と述べた。
報告書は全72ページ、日本語版は準備中
全72ページに及ぶ報告書は、HRWのサイトから全文がダウンロードできる。現在は英語版と韓国語版があるのみだが、HRWの日本事務局によると8ページの日本語要約版を準備中とのことだ。
“You Cry at Night but Don’t Know Why” 英語版
“You Cry at Night but Don’t Know Why” 韓国語版
https://www.hrw.org/ko/report/2018/10/31/323658
日本語版プレスリリースページ
https://www.hrw.org/ja/news/2018/10/31/323801
また、HRW事務局は報告書発刊に合わせ、以下の映像も制作した。英語版と韓国語版をリンクしておく。
英語版
韓国語版