東京都でスクールカウンセラーが「一斉解雇」 「3割入れ替え」で学校は大混乱?
2月2日、東京都が都内の公立学校に配置されているスクールカウンセラーを一斉解雇(不採用=雇止め)していることが分かった。記者会見で都内のスクール―カウンセラーを組織する労働組合「心理職ユニオン」が会見を行い、明らかにした。
スクールカウンセラーは、不登校や発達障害など生徒の多様な事情に対処するため、1995年から導入されている制度である。東京都では、2020年から始まった1年度単位で採用される非正規公務員制度の一種である「会計年度職員」として採用し、都内の各学校に配置している。2024年度の採用については1月末に合否通知がだされている。
非正規公務員は一年単位の任用とはいえ、通常は継続して任用されることが多い。ところが、都内で働くスクールカウンセラーたちから「不採用通知を受けた」という相談が心理職ユニオンに相次いでいるという。
相談を寄せた労働者のほとんどが5年以上勤務しており、15年以上働いてきたカウンセラーも多くいるという。ユニオンの担当者は、長年の経験のなかで培われてきた専門性や、学校関係者・児童・生徒との関係性が急に断ち切られることで、学校運営・児童・生徒・保護者にも多大な影響が生じる恐れがあると懸念を募らせている。
学校教育の現場で一体何が起こっているのだろうか? 2月2日に行われた心理職ユニオンの記者会見に加え、組合担当者と実際に不採用通知を受けたカウンセラーにインタビューから紹介していく。
今、東京都の公立学校で何が起こっているのか?
今回問題となっているスクールカウンセラーは東京都の会計年度職員であり、いわゆる「非正規公務員」である。非正規公務員については、以前から待遇の低さや雇用の不安定性が問題視されている。
2020年度からは非正規公務員の待遇改善を目的として「会計年度職員」へと制度の移行が進められてきたが、自治体によっては「公募によらない再任用」に上限が設けられており、以前よりも身分が不安定になることが懸念されていた。今回は、そうした懸念が「大量解雇(再任用拒否)」として大きく表れている形だ。
記者会見を開いた心理職ユニオンは、今回の事態を受けて、ツイッターと郵送により都内のスクールカウンセラーに対し緊急のアンケート調査を実施したという(実施期間2024年1月29日~2024年2月2日)。
その結果、勤続年数1年以上のカウンセラー313人のうち、29.1%に当たる91人が再任用を拒否されていた(下表)。なお、「補充任用候補者」とは採用辞退などが生じた場合の補欠要員である。
会計年度職員は年度ごとに採用される仕組みになってはいるものの、「公募によらない再任用」が行われている。公募によらない再任用では、それまでの業務実績が考慮されるため、雇用が継続しやすくなっている。事業の継続性の観点からも、同一の会計年度職員の複数年採用は、現場の職員・管理職から望まれている。そのため、自治体によってはそもそも公募によらない再任用に上限を設けていないところもある。
ところが、東京都では、「東京都公立学校会計年度任用職員の任用等に関する規則」において、「公募によらない任用は、4回を上限とする」と定めており、この任用回数を超えた職員に関しては、それまでの実績等を原則として「リセット」し、ゼロベースで採用試験を行うこととしていた。
そして、2020年度に導入された会計年度職員制度は、本年度で4年間を経過し、来年度からは5年目を迎えることになる。この、5年目を迎える労働者たちを対象に、東京都としては上記の「公募によらない再任用は4回まで」のルールを当てはめ、事実上の一斉解雇(不採用)を断行しているとみられるのである。
なお、2020年度を初任用と考えれば、2024年度の採用は「4度目の再任用」であると考えられるが、東京都は、会計年度職員制度が導入される2020年以前から働いていた労働者については、最初の採用を「1度目の再任用」とカウントしており、2024年度の採用が「5度の再任用」に当たると計算している。
「異例」の大量解雇
自治体によっては東京都よりもさらに短く、公募によらない再任用を2回までとするところもある。そうした自治体ではすでに、労働者は解雇の問題に直面してきた。しかし、母体に公務公共一般労働組合をもち、非正規公務員の任用問題に詳しい心理職ユニオンの原田仁希さんによれば、「公募に基づく任用」に移行したとしても、実際にはその多くは再任用されているという。
原田さんによれば、今回の東京都の対応は異例であり、今後、会計年度任用職員や自治体関係者に与える衝撃は相当に大きいものになるという。
経験豊富なカウンセラーを一斉に解雇
現在、東京都のスクールカウンセラーはおよそ1500人いるが、その大半が再任用の上限に当たっていると考えられる。今回は、勤続年数が長く、これまでの成果も十分で、技能の蓄積も大きいと思われるカウンセラーも軒並み解雇されている。
それは、心理職ユニオンのアンケート調査に回答しているカウンセラーの半数以上が勤続6年以上であるにもかかわらず、このうち3割は解雇されてしまっていることからもうかがえる(勤続年数別の不採用率は未集計)。
しかも、不採用の理由もまともに示されてはいないという。公募に応募したカウンセラーが受けたのは面接試験だが、その評価基準などは「ブラックボックス」になっており、なぜ、自分が不採用とされてしまったのかをほとんどのカウンセラーはわからない状態にある。
心理職ユニオンによれば、長年現場に貢献してきたカウンセラーは、今回不採用とされたことについて、「これまでやってきたことが否定された」と感じているという。そして、なぜ、これまでは評価されてきたことが突然「不採用」になってしまうのか、わからないと訴えている。先のアンケート結果でも、不採用とされたほとんどのカウンセラーが納得していないことが示されている。
また、アンケートの自由回答欄には、スクールカウンセラーを評価する学校長など管理職からも、今回の人事に対する不満が噴出していることが窺える。
この解答だけではなく、今回のアンケート結果では、上記のような回答は多数見られる。さらに、今回は「採用された」カウンセラーからも、採用基準が不透明なため今後が不安だという声も寄せられている。
長年の経験と実績が正当に評価されず、そもそも評価基準も示されないようでは、今後のカウンセラー育成にも影を落としていくに違いない。
生活の不安
一方で、カウンセラーの生活への影響も甚大である。
東京都のスクールカウンセラーは、東京都で採用され都内の各学校へと配属される形をとる。学校ごとに、基本的に週1日勤務であり、複数の学校に配置されればそれに比例して報酬も増額される。
しかし、その配置校数は毎年変動し、これまでも生活に大きな影響を与えてきたという。配置校が2校であれば、およそ400万円、これが一校に減らされてしまえば、突然年収から200万円が削減されることになる。学校以外で勤務しているカウンセラーも多いとはいえ、この減少幅は甚大だ。
週一回の勤務とはいえ、支援を必要とする子どものための支援計画を練るなど、多くの時間を割いてカウンセラーは業務にあたる。その間、精神的にもそれらの業務に専心することになるのだ。もちろん、継続的に勤務する学校を突然異動や終了になれば、それまでの努力も水の泡になってしまう。
今回不採用となったカウンセラーは、2校勤務であれば、400万円の減収となる。こうしたことから、今回の不透明の基準による大量解雇によって、スクールカウンセラーとして人生を歩むことそのものに希望が持てないと多くのカウンセラーが感じざるを得なくなっているのである。
参考:「来年度も働けるのか…?」 不安を抱えるスクールカウンセラーの「本音」とは
学校教育の現場を直撃する
このような実態では、当然、利用者の子供やその親への影響も計り知れない。
今回、心理職ユニオンに加入しており、不採用となったスクールカウンセラーのAさんもこの点を強調していた。
Aさんは大学院で心理学を学び、福祉・保健関係の現場でスキルを積み重ねながら臨床心理士の資格も取得した。その後、東京都でスクールカウンセラーとして20年間勤務してきたという。
2023年度も二つの都内の学校で勤務し、学校からも高く評価されていた。一つの校長からは評価について「A」だと明言され、もう一つの学校の校長からも「評価は高いよ」と言われていたという。ところが、そうした評価とはまったく無関係に今回任用が拒否されたのである。
これにもっとも驚いていたのが、現場の管理職をはじめとした教員たちだったという。
Aさんは、子供たちへの影響についても、次のように不安を訴えている。
さらに、Aさん自身も、今回不採用とされたことで、今後のスクールカウンセラーとしての仕事の継続が難しくなっている。せっかく貯えた専門的な技術を活用することができない上に、仮にまた採用されたとしても、いつ不採用になるかわからない中で働かなければならないからだ。
今回のような事態は、スクールカウンセラーという職種そのものへの信頼感や、ひいてはその存続をも脅かしてしまうほどのインパクトを与えているのだ。実際に、先の調査の自由記述欄では、先ほどとは別の「採用者」からも下記のような声が寄せられている。
労使交渉へ
今回の事態を受けて、心理職ユニオンは都教育委員会に対し、新規採用をする際にこれまでもスクールカウンセラーの経験を考慮することなどを求めてきた。
昨年8月の時点では、次の三点を要求し団体交渉を申し入れている。
①これまでの都スクールカウンセラーとしての経験を、新規採用の判断基準に含めること。
②新規採用者の採用判断をどのような基準で行うのか開示すること。
③新規採用者については、面接が課されていましたが、都スクールカウンセラー経験者については勤務実績があることから、面接は不必要であり、免除すること。
これまでのアンケートの結果から見える、カウンセラーや現場の不安に照らして考えれば、組合側の要求は至極当然のものといえるのではないだろうか。こうしたカウンセラー側の正当な要求は無視され、今回の「ブラックボックス」評価に基づく大量解雇が断行されてしまったということになるだろう。
組合側としては、今後、アンケート結果を踏まえ、都教委に対して団体交渉を申し入れていく他、要請行動も検討している。本来、任用回数に上限はないにもかかわらず、大量解雇に踏み切っている事態については、所轄官庁である総務省へも東京都への指導を求める予定だという。
さらに、学校教育の現場の問題については、広く社会的な問題であり、市民にネット署名を呼び掛けていくことも検討中だ。
おわりに
日本では、あまりにも多くの分野が非正規雇用労働に依存している。その一方で、非正規雇用は待遇面で不安定・低賃金であるばかりでなく、しばしば恣意的な評価にさらされ、その技能が適切に評価されていない。
そうした問題が、今回の事態では極端に現れていた。特に、学校から高い評価を得ており、実際に支援の成果が上がったという実績も考慮されていない事例が多発しているようでは、制度的にサービスの質を確保することはできないことになる。この点は、雇用関係や労使関係の専門家として大変憂慮せざるを得ない。
このようなことを、教育をはじめとするさまざまな産業分野で継続していけば、やがて日本の労働社会はますます荒廃していくことになるだろう。不登校など教育における多様なニーズを満たしていくためにも、非正規雇用に対する適切な制度と運用は必須である。
学校のスクールカウンセラーをはじめとした専門職非正規公務員の待遇問題に対しては、もっと広く社会の関心が喚起されるべきではないだろうか。