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MLBスプリングトレーニングの新たな試み、「スプリング・ブレークアウト」

阿佐智ベースボールジャーナリスト
エンゼルスに勝利し、喜びを分かち合うドジャース・プロスペクトチームナイン

 日本のプロ野球はファームリーグが開幕し、一、二軍のふるい分けはほぼ完了。主力選手は開幕に向けて最後の仕上げにかかっている。

 海の向こうのメジャーリーグも、韓国で開幕を迎えるドジャース、パドレスの両軍はすでにソウル入りし、地元プロチームとのオープン戦を行い、開幕を待つのみだ。その他のチームも日本同様、最後の仕上げの時期にある。

 ご存知の通り、メジャーリーグのキャンプ、スプリングトレーニングは、日本以上に大所帯で行われる。トップレベルのメジャーのキャンプには、メジャー登録の40人枠に入った選手のほか、40人枠の残りに入るべく招待されたインバイティー、それにマイナー契約ながらトップチームに合流している選手が参加している。これらの選手が、2月下旬から始まるオープン戦を重ねるごとにふるいにかけられていくのであるが、メジャー契約の選手でも、球団の判断次第ではキャンプ期間中に契約を解除されることもある。トップチームのキャンプには2チームを十分作れるほどの人数が集まるため、スプリットスクワッドといって、チームを2つに分けてオープン戦を行うこともある。

 各球団のキャンプ施設は日本のそれとは比べ物にならない。オープン戦を行うメイン球場のほかにそれを取り囲むように複数のサブフィールドがある。サブフィールドの数は6が相場だ。トップチームの練習、試合には、メイン球場とそのすぐ近くのフィールドを使用し、その他のフィールドは、各レベルのマイナーチームが使用する。メジャーキャンプでふるいにかけられたマイナーリーガーは順次、球団から指定されたマイナーチームに合流していく。インバイティーの場合は、球団から一旦解雇を通告された後、マイナー契約の提示があれば、それをうけるか、FAになって他チームとの契約を目指すのかを自分で決める。

 キャンプ中、ほとんど毎日のようにメイン球場で行われるメジャーのオープン戦には、連日1万人前後のファンが集まり賑わう。その賑わいをよそにスタンドもない練習フィールドで行われるマイナーの練習試合には誰も見向きもしない。正確に言えば、熱心な少数のファンがネット裏周辺に設えられた5段ほどの桟敷に陣取っているが、フィールドの周りに陣取っているのはそのファンの数よりスカウトのそれの方が多い。彼らは、隣のフィールドからのファールボールでしばしば試合が中断する草野球のような環境の中でプレーしている中に眠るダイヤの原石を探そうと目を光らせている。

メイン球場での華やかなオープン戦の傍らで同時進行で行われるマイナーの練習試合(サプライズ)。
メイン球場での華やかなオープン戦の傍らで同時進行で行われるマイナーの練習試合(サプライズ)。

 そんな原石たちに用意された舞台が、「スプリング・ブレークアウト」だ。3月14日から 4日間にわたり、メジャーリーグのオープン戦後、各チームのマイナーから有望選手を集めたチームを組み、計16試合を行うのだ(雨天中止試合あり)。日本でもファーム戦を一軍の球場で行うことがあるが、それに似ている。ほとんどの試合が「一軍」の試合後に行われるため、ある程度観客も残るため、選手にとっては、一軍の球場に観客がいるという緊張感のある舞台でのプレーが試されることになる。この試みは、この春から始まったという。

メジャーキャンプの裏側で行われる過酷なマイナーキャンプ

 マイナーキャンプも実戦中心であることは変わりない。キャンプ期間中は基本的に午前中に練習し、ランチ休憩の後、メジャーと同じく午後1時から練習試合を行う。

 このマイナー戦は興行試合としては行われない。だから投手の球数などの関係から途中で打ち切られることもある。

 マイナーキャンプでは各球団ともおおむね4チーム編成されている。便宜上、シーズン中のクラス分けに準じて3A、2A、ハイA、ローAと呼ばれているが、シーズン中の3A級チームはメジャー契約40人のうち、メジャーのアクティブロースター25人枠から漏れた選手とマイナー契約の選手で構成され、そのような選手は、このキャンプ期間中はメジャーキャンプに参加しているので、実際には彼らのレベルはシーズン中の各クラスより少し下だと言える。

 マイナーの4チームは別々に試合を行うわけではなく、対戦相手のマイナーチームと一斉に試合を行う。つまり、多い時は、マイナー4チームすべてが各々のクラスに応じた相手チームのマイナー4チームと練習フィールドで同時進行で試合を行うのだ。

数台のバスから次々とグラウンド入りしてくるマリナーズマイナーの選手たち。クラス分けされた4チームが、練習フィールドでレンジャーズのマイナーチームと一斉に試合を行った(サプライズ)。
数台のバスから次々とグラウンド入りしてくるマリナーズマイナーの選手たち。クラス分けされた4チームが、練習フィールドでレンジャーズのマイナーチームと一斉に試合を行った(サプライズ)。

メジャーを感じる経験としてのブレークアウト・ゲーム

 そのような環境の中、本球場で観客を集めて行う試合はマイナーの選手たちの大きなモチベーションになる。スプリング・ブレークアウトでは、MLB各球団が、マイナーリーガーの中からとくに飛躍が期待される若い選手を各クラスから呼び集め、ゲームを行った。選手のほとんどは20歳前後のプロとしての経験は浅いが、なにか光るものをもっている素材重視の布陣である。

「やっぱり選手にとっては大きな励みになると思いますよ。昨シーズンはルーキークラスだった選手もいますし、この間メジャーキャンプから落ちてきた選手もいます。彼らにとっては絶好のアピールの場ですから」

と言うのは、16日にエンゼルスのキャンプ地、テンピで行われた試合にドジャースのプロスペクトチームのコーチとして帯同していた石橋史匡(ふみまさ)コーチだ。アメリカ独立リーグでプレーした後、ドジャースとマイナー契約を結び、引退後、マイナーの指導者を続けている彼は、この企画を好意的に受け取っている。

 石橋コーチらが率いるドジャースのマイナー連合チームは、「一軍」のオープン戦が終わった夕刻にディアブロスタジアムに現れた。「一軍」が去ると同時に球場入りしてきた一行は、テンションが上がっているのか、皆一様に陽気だった。ネット裏に陣取るスカウト陣を前に当然のことだろう。それに直前に行われたメジャーの試合から残っているファンもかなりいる。スタンドからファンにサインを求められる経験は、興行試合のないルーキークラスの経験しかない選手にとっては初めての経験だ。ささいなことだが、こういうことでも選手たちは、「プロ」を肌で感じ、上位リーグへの昇格のモチベーションにしていくのだ。

 細かな作戦より、個々の選手の力量を競うことに主眼が置かれているのか、ブレークアウト・ゲームの試合展開は早い。投手は自分のもっている最良のボールを投げ、打者はそれを初球から打ち返す。無論、メジャーのオープン戦と比べてしまうと、投手の制球力、野手のフィールディングの面で大きく見劣りするが、展開の早いキビキビしたゲーム運びは、高校野球を彷彿とさせた。

 この夜の試合は、ドジャースがエンゼルスを下した。試合後、監督の「このチームでメジャーに上がろう」との声に、選手たちは雄叫びを挙げていた。

勝利後、近い将来のメジャーでの再会を誓い合っていたドジャースマイナーチームナイン
勝利後、近い将来のメジャーでの再会を誓い合っていたドジャースマイナーチームナイン

 翌17日は、フェニックスの北西50キロのサプライズを訪れた。大学とここの施設を共用しているのは、ロイヤルズと昨年のワールドチャンピオン、レンジャーズだ。この日は、ともにブリュワーズを相手にデーゲームでブレークアウト・ゲーム、その後メジャーのオープン戦という「親子ゲーム」が行われた。

2022年ドラフトで2巡目指名されたブリュワーズのジェイコブ・ミショロフスキーは100マイル超えを連発していた。
2022年ドラフトで2巡目指名されたブリュワーズのジェイコブ・ミショロフスキーは100マイル超えを連発していた。

 ちなみにブレークアウトゲームは自体は入場無料。同日に行われるメジャーの試合のチケットを持っていれば観戦できる。この日は、日曜とあって、デーゲームのブレークアウト・ゲームからかなりの観衆が入っていた。

 サプライズスタジアムの裏には、ロイヤルズ、レンジャーズ両チームの練習フィールドが広がっているのだが、賑わいを見せる本球場をよそにレンジャーズのマイナーチームがマリナーズを招いて練習試合4試合を同時進行で行っていた。こちらに足を運ぶファンの数は数えるほど。この現実を目の当たりにすると、マイナーリーガーを集め、メイン球場で行うブレークアウト・ゲームの狙いが鮮明になってくる。夢をもってプロの道に足を踏み入れたものの、ややもすると遠すぎて見えなくなるメジャーの背中を若い選手に見せ、モチベーションを上げるともに、檜舞台で活躍できる素質があるのかどうか、多くの観客の前で見定める。変化を恐れないMLBは常に新しい仕掛けを試してくる。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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