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いつの間に強くなった? 『下剋上球児』のスポーツドラマとしての欠落感

斉藤貴志芸能ライター/編集者
番組ホームページより

ライバルの言葉のほうが響いた舌戦

 日曜劇場『下剋上球児』で明日放送の9話、鈴木亮平が演じる南雲が監督の越山高校野球部が三重県大会の準決勝に挑む。相手は南雲の恩師が率いる強豪・星葉高校。ドラマのヤマ場となりそうだ。

 前回の8話では、越山と星葉の選手たちが球場の外ですれ違う場面があった。中学時代に同じクラブチームにいた両校のエースが言葉を交わす。その中で星葉の児玉(羽谷勝太)がこんなことを言った。

「全国レベルの強豪と甲子園で勝負や思って、俺らひたすらに練習してきたんや。入部したら即レギュラーのチームに負ける気ないわ」

「残るのは1校。あとの60校が全部負ける。負けた奴らが救われへんやろ、俺らみたいなチームが勝たんと」

 ライバル側のこの言葉が妙に響いた。児玉を演じた羽谷のストイックな佇まいと、準々決勝の越山は調子に乗って緊張感を欠き辛勝したこともあり、むしろ「ひたすら練習してきた」という星葉に勝ってほしいとさえ思えた。

部員たちと向き合った監督の再起

 『下剋上球児』は廃部寸前だった弱小野球部が甲子園を目指す物語。フィクションだが、菊地高弘氏によるノンフィクション『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』を原案としている。

 ドラマでは監督の南雲が主人公。小学生の頃に父親が行方不明、母親も逃げて、担任教師に引き取られて育ち、高校で野球に打ち込んだ。ケガで大学を中退後、36歳で越山の教員になったが、実は免許を持っていなかった。

 当初、野球部監督の就任を固辞しながらも、素人だらけのチームを指導するようになる。予選では副部長としてベンチに入り、実質的に指揮を執った。1回戦で惜敗後に校長に教員免許を持ってないことを話して辞職。警察に出頭した。

 生徒たちの署名運動もあって不起訴となった南雲が、翌年の予選でようやく1勝を挙げた野球部に監督として復帰したのが7話。ここまでに、南雲が部員たちと向き合っていくところや、南雲自身が人生の再起を図る姿が描かれてきた。

ベスト8進出までの過程が端折られて

 しかし、8話では冒頭から、ローカル局のニュースで、越山がノーシードから34年ぶりにベスト8進出と快進撃が伝えられていて、唐突感があった。いつの間に越山は強くなったのか? その過程が端折られた印象だ。

 7話で監督に就いた南雲が打ち出したのは、「実戦が一番」と前年の3倍以上の練習試合をこなすこと。8話でも1年で158試合したという話が出ていたが、実戦を重ねてどう強くなったかは描かれていない。そもそも、マイクロバスで回って「1日3試合」とも言っていたが、物理的にも体力的にもそんな日程は組めるのだろうか。

 1回戦突破がやっとだったチームが強くなったことへの説得力とカタルシスがない。エースの犬塚(中沢元紀)は星葉に入学試験で落ちたものの、中学時代は名門クラブのエースで完全試合も達成していたりと、才能を秘めた選手がいたのはわかる。

 南雲は、フェリーと電車で通学に往復4時間かかる部員を家に泊めたり、成績が悪くて退部しようとした部員に「1人1人の取柄で世の中は回ってるんだよ」と思い留まらせたりもしていた。そうして生まれた絆も、野球部を強くした要因にはなったのは推し量れる。

 だとしても、野球自体がレベルアップする描写が欠けていたのは否めない。序盤の初心者だらけの中で何とか勝とうとする展開のほうが、スポーツドラマとしての見どころがあった。3年目の夏は練習の場面も少なく、勢いで勝ち進んでいるように見えてしまい、ライバルの児玉が言った「負けた奴らが救われへんやろ」のほうに頷きたくなってしまったのだ。

下剋上のリアリティをどう出せるか

 ドラマの比較対象として適当ではないが、たとえばアニメ『SLAM DUNK』では、抜群の身体能力はありつつバスケ初心者の主人公・桜木花道が、入部当初はドリブル練習を左右500回ずつしていたり、インターハイ前の個人合宿でミドルシュートを2万本打ったりもしていた。だからこそ、強豪を相手にした活躍にも、才能だけで済まさない説得力が生まれた。

 1クールのドラマでそこまで描きにくいのはわかるが、「入部したら即レギュラー」から甲子園に手が届くところまで来たことが、納得できる見せ方は必要だったと思う。

 『下剋上球児』の主人公は球児でなくワケありだった監督で、“ドリームヒューマンエンターテインメント”を謳っている。野球自体が第一のスポーツものではないとも言えるだろう。

 南雲と野球部員たちの物語には感動する場面も多々あった。それだけに、ヒューマンドラマだとしても、“下剋上”にリアリティを加えてほしいところではある。星葉戦の中で、球児たちが培ってきたものが垣間見えることに期待したい。

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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