共感度ゼロの嫌な女が共感度100になる興奮に震える。『彼女がその名を知らない鳥たち』
共感度0%不快度100%という触れこみどおりの作品のヒロインが、ある瞬間に共感度100%に変わり、そんな嫌な女に忌み嫌われていた男の真実に胸が震える。
沼田まほかるの同名小説の映画化『彼女がその名を知らない鳥たち』は、そうした驚きと興奮を味わわせてくれる傑作。
15歳年上の同居人・佐野陣治(阿部サダヲ)を嫌悪しながら、彼の稼ぎで暮らす北原十和子(蒼井優)。8年前に別れた黒崎俊一(竹野内豊)を想い続けながら、働きもせず、散らかり放題の部屋でクレームの電話を入れる日々を送っている十和子でしたが、クレームをきっかけに出会った水島(松坂桃李)との関係に溺れていきます。しかし、黒崎が行方不明だと知ったことから、自分に執着する陣治が黒崎の失踪に関わっていて、水島にも危険が迫るのではないかと不安に駆られはじめ…。
のっけからクレーム電話に感じの悪さが滲んだと思いきや、陣治からの電話には露骨に嫌悪感を見せ、帰宅した彼を邪険に扱う。蒼井優は、そんな十和子の日常を通して、幕開け早々から観客に嫌悪感を抱かせずにいないのですが、この共感度0%のヒロインを客観視していたはずの世界がある瞬間に一変します。
それは水島の登場シーン。十和子のクレームに応対し、代わりの商品を持参するという水島がどんな男なのかを密かに偵察に出かけた十和子が目にしたのが、見るからに誠実そうな身ぎれいな男性。彼の訪問に備えて部屋を片付けずにいられない十和子の女心も納得です。部屋を訪れた水島の行動には驚かされるものの、ほどなくして、松坂桃李の放つ素敵オーラのおかげで、あっという間に水島に惹かれる十和子と自分が一体化してしまっていることに気づいてさらに驚くはず。
でも、それでいいのです。なぜなら、この物語を動かすのは、十和子の水島への想いだから。まるでタイプではない男と暮らすヒロインの心を奪い、嫉妬する同居人が彼に何か危害を加えるのではないかと不安を抱かせるようになっていく存在を演じるのも、松坂桃李なら納得。しかも、喘ぎ声や音が気恥ずかしさを掻きたてる十和子と水島のベッドシーンも、妙なエロティシズムを充満させて、サスペンス映画だと思って観始めたことを忘れてしまうほど。
そうして、十和子同様に目の前のことしか見えなくなった頃に、物語は怒涛のクライマックスになだれこみ、男たちが秘めていた真実をあらわにすることに。
なぜ、十和子は陣治と暮らしているのか。なぜ、陣治は自分を蔑ろにする十和子から離れないのか。なぜ、女性受けが良さそうには見えない陣治が、十和子の姉から高い評価を得ているのか、などなど。頭の片隅に引っかかっていたいくつもの疑問が一気に解き明かされていくカタルシスときたら! 鮮やかなストーリーテリングにも、その物語にのめりこませる演技陣にも興奮せずにいられません。
十和子の好きなタイプを一目で理解させる、見た目のいい顔の奥に隠している愚劣さに驚愕させる松坂も竹野内も、そのクズな男たちの色気で女心をざわつかせてお見事ですが、十和子が男たちに感じるときめきも嫌悪のみならず、十和子が自分自身に抱いているだろう苛立ちさえも、観客にまるで自分の感情のように感じさせる蒼井優、恐るべし。そして、陣治のせつない献身を演じて、それまでの生活感漂う風景とは裏腹の透明感溢れる余韻をもたらす阿部サダヲが素敵すぎる!
面白い映画はすべてのキャストが素晴らしいものですが、この作品もその例に漏れません。
最低の男女を演じて、“究極の愛”を見せてくれる最高の役者たちに、原作ファンも大満足のはず。
『彼女がその名を知らない鳥たち』
10月28日(土)より新宿バルト9他 全国公開中