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日本人としてインディカーで孤軍奮闘する佐藤琢磨。批判や理不尽に徹底抗戦し続ける理由

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
GAORA SPORTSのインタビューに答える佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】

唯一の日本人ドライバーとして「NTTインディカーシリーズ 2019」に参戦している佐藤琢磨は今年、参戦10年目の節目のシーズンを迎えている。

42歳になったベテラン日本人ドライバーを紹介する時に「元F1ドライバー」という肩書を付けるメディアは今や皆無だ。2017年に日本人として初めて世界三大自動車レースの「インディ500」(=インディアナポリス500マイルレース)で優勝して以来、彼は「インディカードライバー」で通用する存在になった。すでに彼のインディカーでの経歴はF1より長くなり、アメリカで確固たる地位を築いている。

佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】
佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】

今年、私は日本でインディカーを放送する「GAORA SPORTS」に実況アナウンサーとして起用され、偶然にも実況担当になった第3戦・アラバマで佐藤琢磨が優勝する幸運に巡り合った。しかし、インディカーを最後に見たのは2011年の「インディ500」。8年も現場に足を運んでいない私はどうしても生のレース現場が見たくなり、唯一スケジュールが空いていた第14戦・ポコノ(アメリカペンシルヴァニア州)を見るために海を渡った。

ポコノは結果には繋がっていないものの、佐藤琢磨が得意とするコースの一つ。優勝の瞬間を目撃できるかもしれないと胸を高鳴らせて乗り込んで見たのは、壮絶な修羅場と日本ではあまり報じられない孤軍奮闘する42歳の姿だった。

大バッシングを恐れず、自己主張する

第14戦・ポコノのスタートシーン。この直後、多重クラッシュが発生した【写真:INDYCAR / Chris Owens】
第14戦・ポコノのスタートシーン。この直後、多重クラッシュが発生した【写真:INDYCAR / Chris Owens】

今回の第14戦・ポコノで起こったアクシデントは前の記事「【インディカー】大クラッシュから生還するも、佐藤琢磨に待っていたバッシングとキャリア最大の試練。」に書いた通り。佐藤琢磨は自分自身もマシンがひっくり返るほどの危険なクラッシュから生還しながらも、5台が絡む大クラッシュの引き金を作ったと世界中から批判を受けている。ペナルティの審議対象になり、ファンはおろかメディアやライバルからの厳しいバッシングにさらされることになったのだ。しかし、彼は周りの見解を恐れずに声を上げたのである。

これが僕のオンボード映像。見てもらったら分かると思うけど、みんな僕が下に寄っていったって言うけど、僕は真っすぐ走ってる。どうしてこれがAvoidable Contact(避けることができた接触)なんだ? 僕はこれで何をすれば良いわけ?

佐藤は日本人メディアの囲み取材で珍しく声を荒らげながら自分のドライビングを説明した。味方になって欲しいのではないと私にはすぐに分かった。彼は大バッシングの渦中でも、メディアには正しく報じて欲しいと思っているのだ。

レース前のサイン会でアメリカ人のファンからサインを求められる佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】
レース前のサイン会でアメリカ人のファンからサインを求められる佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】

日本人として孤軍奮闘する佐藤琢磨

今回の多重クラッシュは誰かが怪我をしてもおかしくはない大クラッシュだったが、幸いにも全員の身体は無傷で済んだ。その中にはインディカーの母国アメリカ出身でチャンピオン争いをするアレクサンダー・ロッシライアン・ハンターレイがいた。テレビ中継を見たアメリカ人ファンが激昂し、佐藤に対するバッシングが大きくなっていった要因の一つと言っていいだろう。

2016年インディ500ウイナーでランキング2位に付けるアレクサンダー・ロッシ【写真:辻野ヒロシ】
2016年インディ500ウイナーでランキング2位に付けるアレクサンダー・ロッシ【写真:辻野ヒロシ】

もちろん、佐藤も外国人である日本人ドライバーを責めたくなるアメリカ人の心情を理解している。なぜなら彼は世界の猛者とずっと戦ってきたからだ。ヨーロッパ、アメリカの白人中心のレース文化において、日本人が批判の対象になるのは日常茶飯事。いままで痛いほどそんな経験をしてきたからだ。

今回のように、アメリカ人のスター2人に対しての事故っていう時は物凄いバッシングですよね。これが逆だったら、何も起こらない。だけど、これが現実なんですよね。これが海外の文化に挑戦している人間が受ける試練なんですよ

佐藤の周囲で働く日本人は決して多くはない。パドックでは日本人メカニックが他チームに一人。日本人メディアが2人から3人。そして彼を支えるフィジオ(トレーナー)の百井浩平とデータ解析で協力するアビームコンサルティングのスタッフが数人帯同している程度だ。

佐藤琢磨を献身的に支えるフィジオの百井浩平(右隣)とマネージャーのスティーブ・フューセク(右二人隣)【写真:辻野ヒロシ】
佐藤琢磨を献身的に支えるフィジオの百井浩平(右隣)とマネージャーのスティーブ・フューセク(右二人隣)【写真:辻野ヒロシ】

一見、日本からの手厚いバックアップを受けて万全の態勢でレースに挑んでいるように思える佐藤琢磨だが、パドックで圧倒的な少数派の日本人として、今回のような試練の局面を戦っていくのは本当に大変なことであると感じ取ることができた。彼はいまでも自分自身で問題を解決し、乗り越えていくしかないのである。そんな佐藤に日本人が少ないパドックで寂しさを感じないのか聞いてみた。

チームを見てわかる通り、誰もが僕を信じてくれているし、誰もが僕を疑うことはない。自分が悪い時でも解決策を一緒に見い出してくれる仲間がいます。あと今回のようなことがあっても、日本のファンの皆さんはちゃんと状況が明らかになるまで口は出さない。そういう姿勢はすごく助かっています

10年目にして得た好調と試練の日々

2019年の第3戦・アラバマで日本人初のポールトゥウインを達成した佐藤琢磨【写真:本田技研工業】
2019年の第3戦・アラバマで日本人初のポールトゥウインを達成した佐藤琢磨【写真:本田技研工業】

今年4月、佐藤琢磨は第3戦・アラバマで日本人初のポールトゥウインを達成。5月のインディ500では序盤後退するも最後は優勝争いに絡み3位でフィニッシュするなど、42歳を迎えた今、キャリア絶頂の好調ぶりを見せている。40代というアスリートとしては下り坂になってもおかしくはない年齢になりながら、抜群の速さを披露しているのだ。

一般的には年齢のことを言われちゃうんだけど、自分としては心身ともに充実している状態だし、チームと一緒にマシンを速くしていくことに関しては今が一番良い状態だと思っています。トータルパフォーマンスは上がっているから、自分のパフォーマンスが横ばいになるまでは続けたいと思っている。それが10周年ということで思い入れがあるレースだっただけに今回のことは本当に残念だった

10周年の記念ヘルメットを装着する佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】
10周年の記念ヘルメットを装着する佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】

今回のポコノはインディカー10年目を記念する特別ヘルメットを用意するなど、佐藤にとって思い入れの強いレースだった。そんな中で起きたアクシデント。今後のキャリアを左右しかねない裁定に抗戦する。

自分としては戦う部分は戦わないといけないと思っていて、いま思うのは、10年を迎えてなかったらプレッシャーにも負けてしまって、次頑張れば良いかという風になってしまっていたかもしれない。こうやってインディ10年目を迎えて、その試練をまた受けたかと・・・。辛いですよ。本当に嫌だけど・・・

佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】
佐藤琢磨【写真:辻野ヒロシ】

今回、私は久しぶりにインディカーの現場に行き、残念ながら佐藤琢磨の力強い走りは見ることができなかったが、将来参戦するであろう後輩のことも考えながら、彼が日本人ドライバーとしてしっかりとした模範、すなわち道筋を作ろうと奮闘している姿を目の当たりにすることができた。それが自分の主張と徹底抗戦の姿勢なのだ。

私も佐藤琢磨とは同学年だ。そろそろ体力面を含めた衰えを感じる年齢になってきた。一方で彼はアメリカのインディカーレースの最前線でキャリア最高の結果を掴もうと邁進している。たった一人の日本人ドライバーとして。

そして、自分の主張をしないと通用しないアメリカで、迷うことなく自己主張をした佐藤琢磨の姿勢を見て気付かされたのだ。

私は周囲の反応を気にしながらSNSに書き込んでいることが多いし、年齢を重ねるに連れていろんな意味で忖度(そんたく)にまみれた生活をしていると感じる。言いたいことも言えずに生きている。それが大人になったということだと言ってしまえばそれまでだが、同世代の方なら、そのジレンマにちょっと共感してもらえるのではないだろうか。

そんな思いもあって最後に、佐藤琢磨に同世代の方に向けたメッセージをもらった。

自分を信じて、自分とともに戦ってくれるパートナーと戦っていくしかない。いま、僕はピンチの状況ですよね。世界中の99%の人は僕が悪いと見ているわけだから。それに対して負けないっていう気持ちを持つ。すべてが公になった時には結果的にいろんな人が理解をしてくれるはずです。それをちゃんと見ている人は見てくれている。だから、強い気持ちを持って、負けない気持ちを持って、信念を貫いて欲しいです

今回のクラッシュで、佐藤琢磨のランキングは8位に下がった。過去の年間ランキング最高位は8位である。「NTTインディカーシリーズ2019」も残すところあと3戦。アメリカで渦巻く議論と試練を乗り越え、佐藤琢磨はキャリア史上最高の結果を残すことができるだろうか。唯一の日本人ドライバー、佐藤琢磨の奮闘は続く。

(取材協力:GAORA SPORTS

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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