【インディカー】大クラッシュから生還するも、佐藤琢磨に待っていたバッシングとキャリア最大の試練。
「全部俺が悪いことになっている。これは日本人である以上、仕方がないことです」
ひっくり返ったマシンから生還した佐藤琢磨(42歳)は日本人メディアに向けた囲み取材で、唇を噛み締めながらこう語り、悔しさを滲ませた。
2017年、アメリカ最大の自動車レース「インディ500」で日本人として初めて優勝したレーシングドライバー、佐藤琢磨がキャリア史上最大のピンチを迎えている。
「NTTインディカーシリーズ2019」第14戦のオープニングラップで起きた多重クラッシュを巡り、佐藤琢磨がクラッシュの引き金を作ったと猛バッシングを受けているのだ。
今年、スポーツ放送局「GAORA SPORTS」でインディカー中継の実況アナウンサーとしても携った私は8年ぶりにインディカーを取材するために米国ペンシルヴァニア州・ポコノレースウェイに向かった。
大クラッシュからの生還とバッシング
アクシデントは第14戦・ポコノの1周目に起きた。コーナーが僅か3つしかないハイスピード・トライオーバル(高速三角形コース)のポコノ。その第2コーナーへ向けての攻防で、ライアン・ハンターレイ(内側)、アレクサンダー・ロッシ(真ん中)、佐藤琢磨(外側)が3台横並びになっていたところ、ロッシと佐藤のタイヤが接触し、佐藤のマシンはイン側へとスライド。佐藤とハンターレイのマシンがもつれ合うようにイン側のウォールにクラッシュ。2台はその反動でコースを横断し、アウト側へ流れていく。そして、後ろから来たフェリックス・ローゼンクビストが佐藤に接触し、ローゼンクビストは宙を舞った。佐藤のマシンは火花をあげながら裏返しになって停止した。以下がクラッシュシーンの映像だ。
(NTTインディカーシリーズの公式ツイッター)
またもやポコノで起こってしまった大クラッシュ。私はグランドスタンドでそのシーンを目視していた。時速300kmを超えるスピードでクラッシュし、裏返った佐藤琢磨のマシンを見た時、大きなクラッシュを見慣れている私でも、恐怖で心臓の動悸が止まらなくなるほどの壮絶なシーンであったのだ。当然、最悪の事態も想像した。ここポコノでは2015年にジャスティン・ウィルソンが死亡(他車のパーツが頭部に直撃)、2018年にはロバート・ウィケンスがフェンスに直撃して大怪我を負う事故が発生しているからだ。
不幸中の幸いで、アクシデントにあった5人のドライバーは無事に生還。佐藤琢磨もオフィシャルの助けを借りながら裏返しになったマシンから脱出し、5人ともメディカルチェックで問題なしという診断になった。しかし、その後、パドックに帰ってきた佐藤琢磨を待っていたのはアメリカのファン達がSNSで発信した強烈なバッシングのコメントだったのだ。
さらに、レース結果表のペナルティ一覧には、佐藤琢磨に対して「Avoidable Contact/Post-Event Review」(=避けることができた接触/イベント終了後に検証)という表記がある。検証結果次第では出場停止など厳しい裁定もあり得る状況になってしまった。
SNSは大炎上。佐藤琢磨が迎えたピンチ
幸いにも全員が無事に生還できたことは本当に良かった。しかし、再開されたレース中もレース後も佐藤琢磨のドライビングに対する批判の声は鳴り止まない。
その原因はテレビ中継が映し出したアレクサンダー・ロッシのオンボード映像にあった。その映像を見ると(画角が広角であるため)佐藤がロッシを抜くために内側に寄ってきているように見える。第1コーナーからの立ち上がりでロッシのマシンはやや失速。スピードが勝る佐藤のマシンが前に出ていたが、完全に抜ききる前に内側にマシンを向けて接触したかのように見える映像だったのだ。
批判の声に対して、佐藤琢磨は普段それほどマメに発信しているわけではないツイッターで、画像付きで自分の主張を発信した。
佐藤琢磨のツイートは批判の声に対してさらに油を注ぐ形となり、ツイッターは炎上状態となった。
そして、佐藤は(テレビ中継では使われていない)自身のオンボード映像を添付して、ツイッターでさらに主張を展開した。
佐藤の壮絶なクラッシュシーンを含むオンボード映像は20万回以上再生され、それを見たファンからは佐藤に対する理解の声とそれでも止まない批判の声が入り混じり、今もなお外野の議論は終わらない。
ここまでのツイートは日本人メディアの囲み取材の前に発信されたものである。ふと疑問に思った。なぜ彼はここまで自分自身のドライビングをSNSで主張したのか?
壮絶なクラッシュの後、ファンが誰かの責任を問うためにSNSに投稿して炎上状態になるのは日本のレースでも同じだが、日本のレースでは渦中の選手やチーム、メーカー、関係者は口を噤むのが常で、コメントを発するタイミングはかなり慎重である。特に選手自らがアクシデントについて詳しく言及するのはほとんど見られない。
理不尽な判定に徹底抗戦する姿勢
日本人メディアの囲み会見の前に記者達はすでにツイートを読んでいたが、彼はオンボード映像を見せながら改めて自分の主張を説明した。佐藤自身は真っ直ぐ走っていたところ、3台の内、一番内側にいたハンターレイが外側に動き、行き場を失ったロッシが外側に動き、接触したと言うのが佐藤の主張だ。
佐藤琢磨:「インディカー側と話をしてきました。彼らは11種類のアングルから撮った映像があって、僕のオンボード映像も見せて、ハンターレイが寄ってきたのも理解してもらえた。でも、僕が悪いと言うことになっている」
納得がいかない佐藤はさらに続ける。
佐藤琢磨「みんなスリップストリームを使いたいから(コースの)中心に寄ってくる。ハンターレイが上がってくる(=外側に来る)事でロッシは避けざるを得なくなって、僕に当たった。だから、ロッシは悪くない。でも、ハンターレイが(接触事故の)引き金を引いたことに誰も気づいていない」
SNSでの批判の引き金になっているのは広角レンズで湾曲したロッシのオンボード映像であることは間違いない。そして、佐藤が常に見せるアグレッシブなドライビングへの誤解もあるのかもしれない。
佐藤琢磨:「僕だって人にワザワザ突っ込んでいくようなドライビングをするわけないし、良いレースをしたいし、去年のこと(ロバート・ウィケンスの事故)もあったからターン2(=第2コーナー)に向けて全く無理はしていないわけですよ。でも、なぜ僕だけが審議対象になっているのか腑に落ちないので、最終ジャッジでAvoidable Contact(=避けることができた接触)という判断を取り下げてほしいと思っている」
佐藤琢磨はチームと協力し、レース後の審議となっている今回のアクシデントの裁定について徹底的に抗戦する構えだ。
「No Attack, No Chance」(攻めなければ、チャンスはない)を信条とする彼の姿勢は日本だけではなく、現地のテレビ中継でも実況アナウンサーがそのフレーズを多用するほど、彼の代名詞になっている。それと同時にライバル達も彼が隙あらば攻めて来る選手であることを強く認識しているのも事実だ。
ただ、今回は彼が自らアクシデントを誘発していないことはオンボード映像からも明らかである。それでも止まない批判の声。そして、彼だけが審議の対象となり、責任を問われている。
四面楚歌の状況の中、所属チームの「レイホール・レターマン・ラニガンレーシング」は声明を発表し、ドライバーを支持する考えを示した。
今回のクラッシュに関して、インディカーがレーシングアクシデント(=誰の責任もないレース中の事故)と判断するか、佐藤に対してペナルティを下すか、という公式の裁定は8月21日(日本時間)現在も出ていないが、チームが佐藤のオンボード映像と共にチーム側の検証結果を示したことでファンも少しずつアクシデントの状況を理解し始めている。鳴り止まなかったバッシングの声は、佐藤が声をあげ、チームを動かしたことで、少しずつ小さくなり始めている。
佐藤琢磨:「こうやって証拠も出てきて、チームとしてもインディカーに対して戦うといってくれている。それを掴むのってすごく大事で、これはレースの結果以上に大事なことかもしれない。これからの次の世代(の日本人ドライバー)が海外で戦っていくためにもね」
「これは日本人である以上、仕方がないことですよ」と佐藤琢磨が少し寂しそうな表情をしたのが、いまだに私の頭から離れない。そして彼はこう続けた。
「だって(ハンターレイもロッシも)アメリカのスター選手だし、チャンピオン争いをしている選手だし、それは分かるけど、僕は正々堂々と最後まで戦いますよ」
モータースポーツで、世界を相手に戦うということは、こういうことなのだ。
(取材協力:GAORA SPORTS)