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セックス・スキャンダルが暴露する上流社会の腐敗(2):エプスタインに群がったセレブや有力者たち

中岡望ジャーナリスト
最も頻繁にエプスタイン邸に通ったクリントン元大統領(写真:ロイター/アフロ)

【目次】(文字数3000字)

■裁判記録に乗っているエプスタインの「顧客」たち/■アンドリュー王子は和解金を払い、デザイナー・ブルネルは自殺した/■アメリカ社会の権力構造の一端が見えた

本記事の(1)では、「セックス・スキャンダルの全容とエプスタインの人生を説明」

裁判記録に乗っているエプスタインの「顧客」たち

 裁判記録が発表になる前、何年もの間、SNSの世界ではセックス・スキャンダルに加わった「顧客リスト」が存在するという噂が流れていた。メディアでは、今回の裁判記録の発表で「顧客リスト」が明らかになるという期待が高まっていた。メディアは、それを「エプスタイン・リスト」と呼んでいた。だが、膨大な裁判記録の中には「顧客リスト」は存在しなかった。数千ページに達する裁判記録には裁判での証人の発言などが載っているだけで、その中に登場する人物は187人であった。

 スキャンダルに満ちた事件であるが、この事件で起訴されたのは、エプスタインと恋人のマックウエルの二人だけである。裁判記録に名前が載っているからと言って、そうした人々が罪を犯しているわけではない。単に招待されてエプスタイン邸を訪ね、会話とお酒を楽しんだだけで、少女と性的な関係を持ったわけではない。少女と性交したとして訴追された人物はいない。

 ただエプスタインの人脈の凄さに驚く。エプスタインは「連絡先のブラック・ブック」を持っていたとされるが、それも確かではない。名前が載っている幾人かの著名人を紹介する。

 最も注目されているのがトランプ前大統領である。トランプ前大統領は裁判記録に少なくとも4回登場している。ただ犯罪行為に関わったとの記述はない。トランプ前大統領はエプスタインとはきわめて親しい間柄で、2022年に雑誌で「私はエプスタインを15年間、知っている。彼は“非常に良い奴だ(terrific guy)。一緒にいると楽しい。彼は私と同じように若い美人が好きだ。それは間違いない。彼はソーシャル・ライフを楽しんでいる」と語っていた。

 またエプスタインの恋人マックスウエルの裁判について、トランプ前大統領は2020年に「事件をフォローしているわけではない。ただ、彼女が元気でいてくれることを願っている。私がパームビーチに着て以降、彼女とは何度も会っている」と語っている。当然だが、その発言は「自分には関わりないこと」というニュアンスが強い。トランプ前大統領は、エプスタインを友人と呼んでいたが、事件後は一転して態度を変え、「彼とは15年間、話したことはない。私は彼のファンではない」と語っている。エプスタインはトランプが大統領になる前からの知り合いである。ある犠牲者の少女は、エプスタインが「トランプを呼び出そう」と言って、電話を掛け、アトランタ市のトランプ所有のカジノに乗り込んだエピソードを語っている。

 クリントン元大統領夫妻も注目の人物である。裁判記録の中に73回も名前が出てきている。クリントン夫妻はエプスタインの自家用ジェット機で何度も彼の私邸を訪問している。被害者のバージン・ジュフレは、クリントンとカリビアン諸島のエプスタインの私邸で会ったと証言している。またエプスタインが「クリントンは若い子が好きだ」と語っているのを聞いたと証言している。『Vanity Fair』誌がエプスタインのセックス・スキャンダルに記事を掲載すると知ったクリントン元大統領は、出版社に掲載を中止するように圧力を掛けた事実も記載されている。ただクリントン前大統領は、その事実を否定している。

 クリントン元大統領は2019年にスポークスマンを通して「フロリダで起こった忌まわしい犯罪について何も知らない。もう10年以上、エプスタインと話をしていない」という声明を出している。今回の情報開示に際しては、秘書を通して「エプスタインの個人飛行機で何度か旅行した。だが一度も自宅を訪れてはいない。彼の犯罪について何も知らない。彼が有罪判決を受けて以降、彼と話したことはない」という声明を出している。

 公開された裁判記録ではアラン・ダーショウィッツ元ハーバード大学教授は未成年の少女と性交をしている。だが「自分は何も悪いことはしていない。判事はすべての資料を出しているとは思わない。自分で選んだ資料しか出していないのは、公平ではない」と、資料公開を批判する発言をおこなっている。同氏もジュフレに告発されている。ただ、告発は2020年末に撤回されている。ちなみに同氏はエプスタインの弁護士でもあり、トランプ大統領の最初の弾劾裁判でトランプ大統領の弁護人を務めた“トランプ陣営”の人物である。

 マイクロソフトの共同設立者のビル・ゲーツの名前も載っている。これに対してゲーツは「慈善事業のために会っただけで、後悔している」という声明を出している。ローレンス・サマーズ元財務長官も「エプスタインと交流したことを深く後悔している」と語っている。

アンドリュー王子は和解金を払い、ブルネルは自殺した

 大きな注目を集めたのは、英王室のアンドリュー王子に関する訴訟である。バージニア・ジュフレは17歳の時、アンドリュー王子から性的な暴行を受けたと主張し、アンドリュー王子はそうした事実はないと否定していた。彼女はニューヨーク市マンハッタンの連邦地裁で訴訟を起こした。アンドリュー王子は連邦地裁に訴えを棄却するように求めたが、棄却された。最終的に裁判外で2022年2月に両者の間で和解が成立した。

 和解の条件として、アンドリュー王子はジュフレに対して、彼女が代表を務める性被害者救済の非営利団体に寄付をすることに合意した。金額は公表されていない。他方、アンドリュー王子は彼女に性的暴行を与えたことを認めていない。共同声明には「アンドリュー王子はジュフレ女史の人格を傷つける意図はまったくなかった。王子は、彼女が性被害者として、また人々による不公平な攻撃に苦しんだことを認めた。エプスタインは何年にも渡って数えきれない少女を斡旋したことは知られている」と書かれている。王子も他の人と同様に「エプスタインやマックウエルに会った記憶はまったくない」と語っている。だが。今回の裁判記録の公表で、王子の未成年少女に対する性的な行為が改めて確認された。一

 フランスのモデル・エージェントのジャン・リュック・ディディエ・アンリ・ブルネルの名前も載っている。同氏はモデル事務所を通してエプスタインに女性を斡旋していた。フランス当局も、女性をレイプしたとして起訴している。同氏は30年に渡って少女を強姦していたという罪で、カフィルニア州で告発されていた。またニューヨークでモデルに性的暴行を加えたとして訴えられえていた。同氏は2022年2月にパリの刑務所で自殺している。

 多くの著名人の名前が裁判で証人の口から出ている。すべてを紹介できないが、エプスタインの交流の広さと深さが分かる。ただ多くのゲストは犯罪に関わっていないと思われる。また裁判記録に出てくる多くの人がエプスタインとの関係を否定する。こうした人々の対応を見ていると、エプスタインに哀れさを感じる。

アメリカ社会の権力構造の一端が見えた

 メディアや一般の人は、エプスタインのセックス・スキャンダルに目を奪われている。確かに著名な政治家やビジネスマン、学者が、スキャンダルに関わっていたとすれば、深刻な問題である。だが、それ以上に問題なのは、アメリカ社会には「富」と「権力」が結びつく構造があることだ。

 あるアメリカジャーナリストが「どのようにしてエプスタインはアメリカのパワー・エリートと結びつくことができたのか。彼はウォール街からワシントンDC、学界の全ての有力者のすべてを知っていた」と書いている。おそらく信じられないような上流社会のネットワークが存在しているのだろう。今回の事件は、アメリカの権力構造の一端を垣間見せてくれたといえよう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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