岸田首相、新たな日韓共同宣言の早期作成について「予断は差し控えたい」と回答
日韓関係が急速に改善する中、1998年の日韓共同宣言に続く「新たな宣言」の早期作成を求める意見が出ている。しかし、岸田首相は6月30日、今後の見通しについて「予断することは差し控えたい」と述べた。
●新宣言
岸田首相は同日、新たな日韓共同宣言の早期作成をめぐる筆者の質問に書面で回答し、「政府としては、引き続き日韓間の緊密なやり取りを通じ、具体的な日韓間の協力案件を進展させ、適切な形で対外的に示していきたいとの考えですが、御指摘のようなものも含め、今後の日韓間の文書等について予断することは差し控えたいと思います」と述べた。
冷戦終結後の1998年10月、当時の小渕恵三首相と金大中(キム・デジュン)大統領が「日韓共同宣言-21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ-」に署名した。「日韓パートナーシップ宣言」「小渕・金大中宣言」とも呼ばれる。11項目からなり、日本が過去の植民地支配の歴史に触れて「痛切な反省と心からのお詫び」を表明するとともに、「未来志向的な関係」を打ち出した。自由民主主義や市場経済という共通する理念、協力する分野、国際貢献、北朝鮮政策での緊密な連携などについても述べている。
この宣言後、映画、テレビドラマ、音楽など両国民の文化交流が活発になった。2002年にはサッカー・ワールドカップ(W杯)を日韓で共催した。そのW杯開催に先立つ2001年12月には、平成天皇(現上皇)が記者会見で「私自身としては、(奈良時代の)桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と発言し、大きな話題になった。
同宣言の作成過程に、外務省の担当課長として関わった日本国際問題研究所理事長の佐々江賢一郎氏は5月下旬に都内で開かれたフォーラムで、「日韓関係改善が定着するには何が必要か」と司会者に問われ、「日韓共同宣言に続く『第2の宣言』の作成は大賛成だ。どういう協力ができるか見直し、実践してほしい」と述べた。
これに対し、当時同じく宣言づくりにあたった元韓国大統領府政務首席秘書官の朴晙雨(パク・ジュンウ)氏も「できるだけ早い時期に共同宣言を更新すべきだ。その上で最も重要なのは両首脳の信頼関係に基づき実践することだ」と述べた。
ただ、新宣言での新たな「反省とおわび」の言葉については、日本の保守層から不満の声が出る可能性があり、岸田首相としても国内政治への配慮が必要になっている。一方の韓国も来年4月に国会議員総選挙を控えている。日韓関係改善を進める尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に対し、最大野党「共に民主党」が激しい批判を続ける中、新宣言が出されるとすれば、いつどのようなタイミングになるのか、注目される。
●安保協力
冷え切っていた日韓関係は最近、雪解けがぐっと進んでいる。尹政権が3月に発表した徴用工問題の解決策が突破口となった。両国にとって最大の脅威となっている北朝鮮の核ミサイル開発活動に対応するため、とりわけ安全保障面での連携が強化されている。
「これまでの日韓の安保協力について、総理はどのように評価されているのか」との筆者の質問に対しては、岸田首相は「3月以降、2ヵ月の間で3度の日韓首脳会談を実施しており、これは日韓関係の進展を如実に示すもの」と説明。安全保障分野では4月に約5年ぶりとなる日韓安保対話を実施し、両国を取り巻く戦略環境について意見交換、6月にはシンガポールで約3年半ぶりとなる日韓防衛相会談も行った実績をアピールした。
そして、「韓国は、地政学的にも我が国の安全保障にとっても極めて重要な隣国です」と述べたうえで、「現下の戦略環境に鑑み、日韓・日米韓協力の更なる進展が今以上に重要な時はありません。引き続き、日韓安保・防衛協力の強化に向けて韓国側と緊密に意思疎通していく考えです」と説明した。
6月にシンガポールで開かれた日米韓3カ国の防衛相会談では、北朝鮮への抑止力強化のため、弾道ミサイル情報を即時共有するシステムの年内開始や、対潜水艦やミサイル防衛に関する3カ国共同訓練の定例化などで合意した。
筆者は米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員として6月21日の岸田首相の記者会見に抽選に当たって出席したが、質問時間に指名されなかったため、官邸報道室を通じて岸田首相に書面で質問していた。電子メールで30日に回答を受け取った。
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