【京都市】東山区 「本能寺の変」を起こした戦国武将『明智光秀の塚』の謎と信仰!
京都市東山区には日本史にとって大切な場所が沢山あります。
柳並木が風情を漂わせる白川の清流沿いにある和菓子屋さんから、少し入った路地裏にあるのが「明智光秀首塚」と伝えられています。
明智光秀は、「本能寺」で「織田信長」を討ち取った(本能寺の変)のちに、中国地方から引き返してきた羽柴(豊臣)秀吉らと山崎で戦い、敗れました(山崎の戦い)。
伏見の小栗栖で土民から襲撃され、明智藪で自刃したとも、殺害されたとも伝わります。
過去記事をご参照ください→『本能寺の変』で謀反を起こした謎多い「明智光秀」の最後を知る『明智藪』!
粟田口に埋められた光秀の首の上に塚が築かれ、五重の石塔が立てられた、または移転してきたと伝わるそう。
この塚に詣って祈願すると、首から上の病気に霊験があるという言い伝えがあることを、聞きました。あらたな信仰の対象になっているそうです!
首塚と伝わるその塚には、明智光秀の関連記事などが見られました。
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また武将体験では人気のある甲冑の一つ!
本当に殺されたのは明智光秀だったのか、はたまた影武者だったのか、謎いっぱいの「明智光秀」。本来あった首塚は、今の首塚から徒歩約15分にある西小物座町だったと言われています。そこから移転されてきたとはいえ、「明智光秀の塚」を探すのは一苦労。
明智の紋である桔梗が綺麗な季節には、地元住民に大切に手入れされた五重塔とともに花も楽しめますよ♪
「明智光秀の塚」
京都市東山区三条通白川橋下る東側梅宮町