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変わる「恋愛と家族のかたち」北欧映画が起こすフェミニズムムーブメント

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
Ustyrlig/Oslo Pix Film Festival

北欧の映画を見ていると、まるで「関係性の多様性とフェミニズム」ムーブメントが起きているのかなと感じずにはいられない。「一人の人と付き合い、結婚と家族という形が永遠に続く」という伝統的な価値観に別れを告げる新時代の映画が続いている。

フィンランド映画『Kupla』(英語でBubble)(2022)は北欧理事会が主催する映画賞「北欧理事会映画賞」のフィンランド代表作としてノミネートされた。小さな町に住む16歳の少女エヴェリーナは、母親が学校で働くソーシャルワーカーの女性と不倫をしていることを知る。母の浮気を止めて、父親と母親の関係を修復させようと、少女は行動を開始する。

本作では多様なセクシュアリティやジェンダーがテーマとなっており、母親の同性愛、性生活に関心が低い父親、ジェンダーがあやふやな同級生、祖母の秘密と、「異性愛」という概念を破壊し、様々な性の在り方を前提として物語が進む。

両親の関係がうまくいかずに、離婚が見え隠れする家庭で育つことで子どもに与える影響は大きいが、そもそも北欧ではもはや離婚や事実婚の解消は当たり前だ。3世代の価値観が異なる世代間ギャップも登場する。伝統的な考え方と自分の本音の狭間で迷い悩む親と、多様な性の在り方に開放的なエヴェリーナの世代。スマホやSNSを使いこなして、広い世界の価値観を知る若い世代のほうが、逆に大人の葛藤や固定観念を溶かす存在なのかとも感じさせられた。

BAND/Oslo Pix Film Festival
BAND/Oslo Pix Film Festival

離婚や事実婚の解消で、母親が子どもを育てていく姿は北欧の映画では当たり前に登場する。アイスランドの作品『BAND』(2022)は、数々の失敗と挫折を重ねながらも夢に向かって連帯する女性たちの物語、フェミニズム&シスターフッド映画だ。

アートロックバンドの3人の女性メンバーは、ポップスターとして1年後のコンサートまでに成功しなければ解散しようと決意する。「失敗をしたら最後には成功が待っている」ような甘い夢物語を見せてくれるような作品ではなく、彼女たちには次々と試練が訪れる。

3人は母親でもあるが、父親や夫の姿は薄く、何人かはシングルマザーであることを予想させる。アーティスト活動、生活費を稼ぐための仕事、家庭生活のバランスを保つことがいかに難しいか、葛藤も描かれる。一方で、急に子どもを迎えに行かなくなったり、寝かしつけないといけない時に、母親に対して苛立ちを見せるような男性の描写はなく、「行っておいで」と当たり前のように促す女性たちの連帯も登場するのだ。

滑稽なのは、バンドの窮地を救うために途中で仲間となった男性に対して、「フェミニスト・バンドのはずなのに、男性がいる」という事態にアイデンティティ崩壊が起きる流れだ。周囲にどう解釈されるかを気にして、ポスター撮影で男性に帽子を深くかぶせて顔が見えにくいようにするなど、まるでこれまで女性が男性に社会でされていた「可視化」が逆の形で発動される。

Four Little Adults/Oslo Pix Film Festival
Four Little Adults/Oslo Pix Film Festival

フィンランド・フランス・スウェーデン合作の映画『Four Little Adults』(2023)では、関係者の合意のもとで、複数の人と同時に恋愛関係をもつ物語が描かれる。「セックスの快楽」ではなく、「愛」と「家族」を軸とした内容だ。自分が複数恋愛を支持していなくとも、このような形の関係性を必要としている人もいるのだと想像力を膨らませて考えて鑑賞することができるだろう。主人公の夫マティアスは司祭として働いており、保守的な両親をもつ。「君たち若い人は……」「協会には迷惑をかけないように立場をわきまえて」と「説教」する高齢の男性先輩、「いい加減、おとなになりなさい」と諭す親たちが、どのようにポリアモニーという恋愛の形に適応していくかも見ごたえがある。

ムーミンの原作者であるトーベ・ヤンソンの半生を描いたフィンランド映画『TOVE/トーベ』(2020)では同性愛、ノルウェー映画『わたしは最悪。』(2021)では自由に生きたい女性の本音が描かれているように、北欧映画には革命が起きている。もはや「異性愛」「結婚したらずっと一緒」「男性と家族につくす母性」という概念の時代は終わったかのようだ。また若い世代の描写では多様な恋愛関係のほかに、メンタルヘルスがセットとなっていることも多い。

「コントロールできない」という意味のデンマーク映画『Ustyrlig』(2022)は、1930年代に知的障がいと診断された女性たちが送られた島を舞台にしている。デンマーク社会と男性医師がいかに女性たちから夢と尊厳を奪い、母親と子どもを引き離してきたか。デンマーク社会がいかに女性の性と子宮を支配しようとしていたか。上映時間の2時間15分は、ずっと怒りと辛さを抱えて鑑賞することになるだろう。ノルウェーの映画祭Oslo Pixでは、館内に泣き声が始終響いていた。デンマークでかつて精神病がいかに身震いする方法で扱われてきたか、実際に起きた歴史をベースとしており、国や社会が女性の子宮と精神を支配しようとすることのおぞましさがリアルに突き刺さる。北欧社会では、今でも政府が中絶などについて規制を変える際に反対運動や議論が起こる。「政府や社会が女性の身体を支配することは許されない」、その怒りの歴史をリマインドさせる一作だ。

どの作品でも、その時代の社会の通念がいかに「生きにくい社会」を形成し、市民から自尊心や自由を奪っているかが描かれている。

「さまざまな家族や愛のかたちがあることを、私たちは受け入れる時代にきたんだよ」「昔にはもう逆戻りしないし、変化は止まらない」。まるで北欧映画はそっとささやきかけてくいるようだ。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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