【学校に年間変形労働は必要か?】他の政策手段と比較検討(有休取得や勤務地を離れた研修の促進)
■変形労働を導入する前提条件は整っているか?
公立学校に年間の変形労働時間制の導入を可能とする条例を25都道府県と2政令市が準備中だ(うち、北海道と徳島県の議会では今月可決したので、来年度から可能となった)。この制度は、前回の記事で紹介したように、いくつか心配なことや問題点がある。
①現状の長時間勤務を容認、追認、助長することにつながる可能性
②育児や介護等の人が働きづらくなる懸念
③休みのまとめ取りが本当にできるのか
④管理コストの増加
※前回の記事:過半数の県で、学校の変形労働時間制を検討中 【中身と問題・課題を解説】
こうした問題は文科省もよく認識しているようだし、国会でも議論になった。そこで国は「指針」と「手引き」などで年間変形労働の導入には、いくつか厳しい条件を課している。とりわけ難易度が高いのは、「対象となる教育職員の在校等時間に関し、指針に定める上限時間(42時間/月、320時間/年等)の範囲内であること」という点だ。つまり、時間外勤務は多くても月42時間以内ねということだ。
さて、問題は、新型コロナへの対応もあって、あるいはコロナ前からの問題も大きいため(たとえば、勤務時間中に授業準備する時間が十分にとれていないことや、部活動指導の負担が重いこと)、多くの学校では時間外勤務は依然として深刻であることだ。次の内田良先生の以前の記事も参考になる。
教員の働き方 新制度に強い反発 8月は休めるか? データなき改革の行方を探る
直近の状況はどうか。たとえば、横浜市のデータを見てみよう。横浜市教育委員会ではICカードでの出退勤記録のデータを毎月集計して、学校向けの通信で働き方改革の事例などとともにお知らせしている(注1)。次の図のとおり、今年度の時間外が45時間以内(年間の変形労働を導入しない場合の上限指針は45時間)の教職員の割合は、休校中だった4、5月はほぼ100%だが、直近の10月や11月では小中、高校では4割~6割弱だ。
単純計算すると、1日2時間残業すれば、月42~45時間前後にはなるから(+土日の部活動などを入れるともっとになる)、年間変形労働を導入する前提条件である月42時間以内、ないし年間320時間(8月を除く11ヶ月で換算すると月約30時間)以内とするのは、相当ハードルが高い。
言い換えれば、おそらく多くの小中高校では、年間変形労働を導入する前提条件が整っていない状態だ(読者が学校の先生なら、ご自身の先月のデータを参照してほしい)。仮に条例ができて、制度導入は可能になったとしても、そうした学校で年間変形労働を入れられると考えるのは、尚早であろう。
■文科省のイメージ通りになるか?
一方、文科省の手引きや説明ペーパーによると、次の図のとおり、1週間に3時間ほど増やして(3ヶ月強)、8月に5日ほどの休日を捻出をすることをイメージしている。
週に3時間正規の勤務時間が増えるだけなら、それほど大きな問題はないようにも思える。ただし、保育園の迎えに間に合わないなどは問題なので、育児や介護など事情がある方には制度を適用しないようにすればよい。だが、前回の記事で指摘したように、文科省のイメージ通りに運用が進むとはかぎらないし、形骸化や見かけだけ指針等を守っているように報告する事態になる可能性もある。
また、8月に5日間、休みやすくするためだけなら、なぜ複雑で管理の手間もかかる年間変形労働を導入する必要があるのか、という疑問もわく。
■閉庁日の拡大や年休取得促進でよくないか?
教育委員会や学校に考えてほしいことがもうひとつ、ふたつある。
ひとつは、年間変形労働だけが、打ち手(対策)ではない、ということだ。
仮に文科省の言うように5日の休みを増やすためなら、わざわざ、ややこしい年間変形労働などしなくても、有給休暇の取得促進でもカバーできる人も多い。
年休の日数には個人差があるので一概には言えないが、教員勤務実態調査(小中学校、2016年)によれば、有休取得は、年10日以内という人が小学校教員の半数以上、中学校教員の約7割であり、10日も20日も余らせて、捨てているのである(次の図)。
ただし、2点ほど注意がある。第一に、新型コロナの影響で8月に授業や補習を入れている学校も多くになってきた。こうなると、有休取得促進も難しい事態となっている。先ほどのデータは2015年の取得実績だが、2020年の8月にどれだけ有休が取れたのか、ぜひ教育委員会等はデータを公表してほしい。
第二に、臨時的任用教員(常勤講師)など非正規雇用の場合などで、年休が短い人もいることには注意が必要だ。なお、同じ非正規雇用でも、非常勤講師の場合は、授業がない日は報酬がないので、8月は無給状態になることもあり、有休どころの話ではない。これらの問題は、学校だけにかぎらず、公務員全般の非正規雇用の大きな問題だと思う。年間変形労働の問題とは切り離しても、対処していくべき重要な課題だ。
文科省は、2018年に学校閉庁日により最大で16連休(土日を含む)を可能にした岐阜市の事例(注2)をよく紹介して、休日のまとめ取りのよさ、効果をPRしているが、これは裏を返せば、年間変形労働をしなくても、現行制度でもできるということでもある。
さらに、現行でもできることとして、年休の切れ目(更新)を8月末にするとよいだろう。こうすると、体調を崩しやすい冬場に備えて年休を余らせておくという発想にならないで済み、8月の年休取得が進む可能性が高い。
また、教員が休みを取ることに世間の眼は冷やかだが(近所から先生がぶらぶらしていると、クレームが入ったという例もあるそうだ)、年間変形労働にすれば堂々と休めるようになる、というのであれば、社会に対してもっと理解を促し、アプローチしていくことが、文科省や教育委員会に必要とされる政策ではないだろうか。
■教員人気復活なるか?
ここまでお読みいただいた方は、年間変形労働の概略と注意しないといけないことをある程度つかんでいただけたと思う。
だが、おそらくモヤモヤしている方もいると推察する。
みなさんの疑問は、「結局、なんのために年間変形労働を入れようとするのかが分からない」ではないかと思う。ある大手新聞社の編集委員の方も以前そう述べていた。
年間変形労働を導入しただけでは、教員の時間外の削減なり働き方改革にはならない。見かけ上は多少減ったとしても、実質では。では、なんのためのものかと言えば、8月に1週間前後休めるようになること。そして、文科省の説明によれば、それが教職の魅力向上に寄与する可能性だ。
何を魅力に感じるかは、人それぞれだし、文科省の説明を否定はしない。確かに、ほぼ確実に海外旅行に毎年行ける職業ということなら(コロナが収束すればだが)、魅力的だと感じる人もいるだろう。
だが、文科省もよく分かっていると思うが、いまの教員採用試験の受験者数の減少は、学校現場がハードワーク過ぎることの影響が大きいと考えられる。「8月にちょっと休めますよ」くらいでリカバーできるほど、甘い話ではない。
しかも、年間変形労働で「定時が延びる日も出てくる」、「育児等と両立しづらくなるかも」、「もうそんなことでは、教師を辞めざるを得ない」。そんな声もTwitter等では多く上がっている。
逆機能、逆効果である。教職人気を少しでも上向きにしようとして、文科省は年間変形労働の法改正までやったのに、実際は、教員人気をさらに下げているかもしれないのだ。この点は、文科省だけでなく、採用や育成に関わる各地の教育委員会もよくよく注意してほしい。
さて、前述した岐阜市の2週間前後におよぶ学校閉庁日の事例では、臨時的任用などで年休が短い方には、学校への出勤を要しない研修として位置づけて、レポート課題などを課すことで、出勤を不要とした。これは教育公務員特例法の次の規定を踏まえたものだ。
第二十二条 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。
2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。
わたしの個人的なアイデアとしては、有休取得促進に加えて、教育公務員特例法第22条2項の勤務場所(学校)を離れた研修の促進という意味でも、8月などで先生たちをもっと自由にさせたらいいと思う。コロナが落ち着けばだが、旅に出かけて見識を広げるのもよし、さまざまな社会課題の現場に足を運ぶのもよし、じっくり本を読んだり、自主的な研究会を開いたりするのもよいだろう。
本来は、そういう学びや研鑽を積んで、自分が成長できること、それが授業などを通じて子どもたちの成長に寄与することが、教職の魅力ではないだろうか?
年間変形労働の条例を整備すること自体を否定はしないが、教育行政には、そこに時間とエネルギーを投下するよりも、もっともっとやっていくべきことがあるように、わたしには思える。
国、教育委員会、学校は、年間変形労働を導入するべきかどうかだけを議論、検討するのではなく、学校の働き方改革と教職の魅力向上に向けて、真に何を進めていくべきか、改めて見つめ直してほしい。
(注1)今回は出退勤のデータを頻繁に公表している横浜市のデータを活用した。管見のかぎり、こうしたデータをきちんと公表している自治体はまだまだ多くはない。しかも、横浜市では、通信のなかで繰り返し正直に記録するように呼びかけている(「真実にタッチ」)。ぜひ多くの自治体でも実態を知らせてほしい。
(注2)岐阜市の閉庁日はよくPRされているが、1学期に土曜授業を行っている振り替えも含んでいる。この意味で働き方改革の観点からは優れたものと評価しにくい側面もあることには留意してほしい。
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