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東京都台東区/10/9迄!東京都美術館「大地に耳をすます 気配と手ざわり」で人と自然の関わりを想う

デヤブロウ街歩きWebライター(東京都台東区)

 今回は上野公園・東京都美術館で7月20日(土)〜10月9日開催の展覧会「大地に耳をすます 気配と手ざわり」を紹介いたします。
 本展は自然環境の中に身を置き、自然と向き合いつつ創作活動を行う現代作家さん5名の作品を展示。「自然」というテーマを「多様性」「環境破壊/環境保護」といった言葉で定型的に語るのでなく、クリエイターさん自身が文字通り大地や自然に耳をすまし、手で触れて感じたものがアートに昇華されています。
 今回は7月19日(金)開催の報道内覧会に参加し、美術館学芸員の方や作家自身から作品解説を受けつつ、たっぷり&じっくり鑑賞させていただきました!

◆「自然と人間」の繋がりを再確認する展覧会

 本展は東京都美術館のギャラリーA・B・Cを会場としており、天井が高く広大なギャラリースペースを下りながら、作家さん5名の作品を順番に鑑賞していく形式となっております。

 東京都美術館学芸員・大橋さんによると、今回の企画の切っ掛けは「人間と自然が遠くなっている」という想いだったそうです。

 私達は大都会の恩恵を日々享受しながらも、同時に大地震やパンデミックなど、都会ゆえの脆さ・危うさに直面させられる出来事にも数多く直面しています。そうした時に自然環境へ立ち戻って解決の糸口やヒントを求めようにも、私達が自然の四季や移ろいを繊細に感じ取るセンスは昔よりも弱まってしまいました。そうした現状に「自然と人の関係性を問い直す」という問題提起が本展には込められています。

 私達のご先祖は里山や水辺などの境界で自然と日々触れ合いながら、人の存在を超えた自然の力へ時に感謝し、時に恐れ敬いながら生活を営んでいました。それと同じように、本展の作品はクリエイターが自然との対峙・触れ合いを経て生まれた感覚や想いから生まれた力作そろいです。

◆知床の過酷な自然環境を写真に納める

 展示の最初は北海道・知床半島に在住している写真家の川村喜一(かわむら・きいち)さん。

 川村さんは東京で生まれ育ち、藝大で美術を学んだのち、2017年に「自然と表現、生命と生活」を学び直すため知床の斜里町に移住。現在はアイヌ犬・ウパシを飼い、狩猟免許も取得して知床で生活しながら、写真やインスタレーションなど創作活動に励まれています。

 入口すぐ右の展示室に、川村さんが知床で撮影された自然や生き物の写真が並びます。展示に使用されている木枠などが、空間の居心地良さを上手く演出してくれていますね。

 都会の生活空間で私達を取り巻く食料品や製品などについて、それらの素材がどこから来たかというルーツを知らない事に、強い問題意識を持ったことが移住の動機との事です。

川村喜一《2017.1018.2236》
川村喜一《2017.1018.2236》

 そのため、川村さんの作品は知床の厳しい自然や生き物を、それらと隣り合って生活する人間の視点から映したものになっています。

川村喜一《2021.0410.1758(左)》《2018.0802.1038(右)》
川村喜一《2021.0410.1758(左)》《2018.0802.1038(右)》

 さながら、自然における生と死のサイクルを、インスタレーションを通じて美術館の中に再現しているようでもあります。真っ白で可愛らしい飼い犬の写真の横に、首から流血して倒れたシカの写真を置くなど、温和/鮮烈の強いコントラストは本展でも随一です。

 雄大さや愛らしさと、過酷さや無常感が同居する、知床の自然を間近に感じられる展示です。

◆木版画の版木そのものも展示

 続いては木版画家・ふるさかはるかさんの作成された木版画やドローイングの展示。こちらでは北欧~北極圏に暮らす少数民族・サーミ族や、青森県・南津軽の山間地域などで暮らす方々を題材にした作品が展示されています。

ふるさかはるか《織り》
ふるさかはるか《織り》

 サーミ族や南津軽の人達が、織物や木工を通じて自然の木々と密接に触れ合いながら生きているように、ふるさかさんも木版画という「手仕事」を通して自然と関わった生き方にこだわっているそうです。

ふるさかはるか《泉と傷》※版木(左)、版画(右)
ふるさかはるか《泉と傷》※版木(左)、版画(右)

 ここで展示されている木版画は浮世絵などのように四角く整えられたものではなく、版木となった樹木そのものの形状や木目模様を生かした形になっています。また、版木そのものも作品として展示されているのも特徴です。

 《泉と傷》の版木は、ふるさかさん御自身で取材・調査を行い、伐採から立ち会ったものになります。

 木版画で用いる絵の具も自ら採取した土や漆の樹液、または自ら育てた藍を使っており、それら素材も合わせて展示。

 これらの作品は素材を生き物として扱い、独特の温もりを持ちつつ、暗に「人間と樹木との関わりは、樹木・植物の命を貰うということ」とも語りかけているようです。それと同時に、ふるさかさんが作品の制作を通じて、樹木・植物から貰った命に新たな息吹を与えているようにも見えました。

ふるさかはるか《織り》※版画(左)、版木(右)
ふるさかはるか《織り》※版画(左)、版木(右)

 また、この展示では木版画と版木の両方が展示されています。版画と版木が隣接しているものや離れているものもあるので、どの作品とどの版木がペアになっているか、版木と作品でどう印象が変わるかを確かめてみても良いでしょう。

◆ざわめく奄美の大自然から受けたパッションをライブペインティングに

 エスカレーターを下った先にある、吹き抜けになったフロアでは、画家・絵本作家のミロコマチコさんによるライブペインティング作品やインスタレーションが展示されています。

 ミロコさんは2019年に「生きる」ことに軸を置くため東京から奄美に移住。島全体がざわめくような奄美大島の環境と、そこに存在を感じる「目に見えない生きもの」から、エネルギーを受けて作品を描いています。

ミロコマチコ《海を混ぜるⅤ》
ミロコマチコ《海を混ぜるⅤ》

 時に危険や過酷さもある奄美大島の大自然の中で、現地の方々は自然を感じ取る能力が凄く強いそうです。人と自然との環境全てが影響しあうさまから力を受け取りながら、その自然の動きそのものを『いきもの』として捉え、ミロコさん作品はダイナミックな作品を描かれています。

 壁面に並ぶライブペインティングは、そのサイズ自体も描かれるイメージも奔放で雄大!まさに奄美の海と空を思わせるような大らかさです。

 また、展示室中央にあるインスタレーション作品では、島由来の木材や布地など自然素材も有効活用。その温かな手触りを、来場者は如実に感じられます。

 展示空間はギャラリーAの一番広くて天井が高い空間を使用。奄美大島で周りの環境を感じながら制作している様子を、来場者も追体験できるような構造となっています。

◆震災と津波による草花の植生変化を緻密に切り取る

 東京に在住している植物画家・倉科光子(くらしな・みつこ)さんの作品は、2011年の東日本大震災による大津波や地形の変動によって、草花の植生域が変化した後の風景を、繊細・緻密な絵画にしています。

倉科光子《35゚36'38.1''N 139゚27'38.0''E》
倉科光子《35゚36'38.1''N 139゚27'38.0''E》

 あの日の大津波により、膨大な土砂や瓦礫だけでなく、植物の種子や苗も海側から内陸へ、逆に内陸から海側へと大きく移動しました。また、地中にあった種が津波によって表層に表れたり、震災後の復興事業を通じても植生は大きく変化します。

 草花がどこにどう、なぜ根付いたかを描くことで、自然・人間・大地震との関連を追っていく内容です。

 壁面に並んだ植物画の横には、それがどこで発見されて写生されたか、そこまでにどういう経緯があるか示したキャプションが付属。

 イメージ的には可愛らしく、和やかさすら感じられる草葉の描線の裏に、どういう出来事が起こっていたかを想わずにはいられない展示でした。大震災で大きく運命を変えられたのは、人間だけではないのです。

◆根室の氷雪を表現

 本展の最後にあたる榎本裕一(えのもと・ゆういち)さんは、2018年より北海道・根室にもアトリエを構え、冬の凍てつく根室の風景を、油彩画やアルミニウムパネルの作品で表現しています。

 作品はいずれも静謐に冷えつくようなモノクロームで、非常にシンプルな印象。凍った沼や湖に雪が厚く降り積もる前の澄んだ表情を、アルミニウムパネルを氷面に見立てることで効果的に表現しています。

榎本裕一《結氷》
榎本裕一《結氷》

 一見すると無機質で静まり返っているような雰囲気ながら、じっと見つめていると、根室の大雪の中に息づく小動物や木々の音、雪そのもののしんしんと降り積もる音が聞こえてきそうです。

 今回の展覧会展示は「私達にとって自然はどこにあるか、どうすれば触れ合えるか」「自然との触れ合いを通じて何が起きるか」など、総じて人と自然の関わり方・向き合い方を実感させてくれる内容。豊かな植栽や野鳥・生き物に出会える公園内の環境と、大都会・東京の繁華街が隣接する、上野公園の美術館らしい展示と言えます。

東京都美術館「大地に耳をすます 気配と手ざわり」
【会期】2024年7月20日(土)~10月9日(水)
【会場】東京都美術館 ギャラリーA・B・C
【開室時間】9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00
      ※入室は閉室の30分前まで
【休室日】月曜日、9月17日(火)、9月24日(火)
     ※8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・休)開室
【観覧料】一般 1,100円 / 大学生・専門学校生 700円 / 65歳以上 800円
     高校生以下無料
     ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・
      精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と
      その付添いの方(1名まで)は無料(要証明)
【住所】東京都台東区上野公園8-36
【最寄駅】JR上野駅・公園口から徒歩9分
【電話番号】03-3823-6921
【リンク】公式ホームページ

街歩きWebライター(東京都台東区)

カフェ・居酒屋探し、博物館・美術館見学、銭湯巡りや寺社探訪など、都心部の街歩きが大好き!特に都内で暮らし始めた頃に住んでいた浅草近辺、博物館・美術館が沢山ある上野界隈など、台東区内を月に2~3回は散策しています。東京23区でも面積最小ながら、歴史と見所が詰まった台東区の魅力を積極的に発掘・発信していきます!

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