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「4月中に決着か」 BTSと兵役 いま韓国で何が起きているのか ②賛否両論、反対派「イカゲームは?」

(写真:REX/アフロ)

韓国内では「4月内にこの話に決着をつけよう」という話が出てきている。

前回は今月のこれまでの動きについてまとめた。今回は「何を議論しているのか。そしてどうやって議論されるのか」について。

日本のTwitter上では「徴兵に1ヶ月だけ行く説」も囁かれているようだが、ここのところも含め、徹底的にはっきりさせよう。

BTSのジャンル「大衆芸能」を加える議論 

まずは「何を話し合っているのか」。

結論的にいうと「韓国の既存の法律に、ある一文を加えるかどうかを話し合っている」。

韓国メディア「YTN」は該当の法律をこう紹介している。

兵役法第33条の7

芸術・体育要員代替服務制度

国威宣揚ならびに文化発展に寄与した芸術・体育特技者に対して軍服務のかわりに芸術、体育要員として服務するようにする制度

(同制度の最初の導入は1973年)

まず「芸術・体育要員代替服務制度」という言葉が難しそう。

これは「通常の軍人のかわりに、芸術やスポーツの活動を行うことが、兵役とみなされること」。2週間ほどの基礎軍事訓練を受けた後に最長36ヶ月間「芸術・体育要員代替服務」を行うのだ。一般的に「免除」とも言われるが、厳密にいうと「代替服務」。

現状ではこの「芸術要員」の対象は「古典芸能」のみだ。ピアノやバイオリン、韓国の伝統芸能のみ。ここに大統領が認める「大きな業績を残した大衆文化芸術人も代替勤務許可」という一文を加えられるか。この点を話し合っている。

BTSは仮にこれが加えられたのなら、2週間ほどの基礎軍事訓練を受けた後に最長36ヶ月間「芸術・体育要員代替服務」を行う。通常通りに活動しながら軍に所属、というかたちになるのだ。戦車を操縦したり、銃を撃ったりという訓練の代わりに音楽活動を行う。現在でもオリンピックでメダルを獲得したり、アジア大会で優勝したりしたスポーツ選手はこうやって選手生活を続けている。

この話し合いが4月じゅうに国会で行われるかどうか、状況が見守られているのだ。

参考:「1ヶ月間行く説」について

正しくは「2週間ほどの基礎軍事訓練を受けた後に実質免除」の誤解だろう。この基礎軍事訓練、決して生易しいものではなく、「山籠り」のような状態となる。2010年代までは、正座やうさぎ跳びといった現代では非科学的とも言われる訓練も行われていたようで、2012年ロンドン五輪で金メダルを獲得したサッカー選手のなかにはコンディションを大きく崩した者もいた。ちなみにこの基礎軍事訓練に行く場合、全員が髪を短くしなければならない。

  • サッカーのスーパースター、ソン・フンミン(2018年アジア大会優勝で”免除”)が海兵隊の基礎軍事訓練を行った際の様子

議論のポイントは「公正・平等」

では、これを巡る賛成派・反対派は何を話しているのか。

賛成派は「スポーツ、伝統芸能は代替服務制度の対象になるのに、BTSのような大衆芸術に制度が適用されないのは不平等」という。

反対派は「BTSだけが特別扱いされるのか」「イカゲーム(の出演者や制作陣)はどうなる? eスポーツの優勝は?」。

ここを少し掘り下げてみよう。韓国メディアで発言した議員や専門家の発言内容だ。

賛成派「大衆芸術だけが含まれないのは不当」

(ソン・イルジョン国会議員/国民の力)

「これまで、兵役特例を受けてきた芸術家やスポーツ選手が42例あるんですが、たとえばクラシックギター演奏会で1位になったり、札幌のような場所(海外の都市)でピアノで1位になった、あるいは子どものピアノ、(伝統芸能の)"全州大私習ノリ"での優勝などでも昨年、兵役の免除を受けています。

しかしグラミー賞やビルボード、アメリカンミュージックアワード(AMA)のような世界のポップシーンをリードしているところで”優勝”した場合は入っていないのです。そしてオリンピックで金メダルを獲れば2590億ウォン程度の経済効果が算出されるのですが、ビルボードで一度”優勝”すれば、約1兆7000億ウォン程度と予想されます。だから国家的な側面からの利益を考えた時に、BTSはすでにかなり大きな寄与をしている。シンクタンク、現代経済研究所のようなところからも、こういった分析資料が出ています」

賛成派2「代わりの奉仕方法を示さなければ」

与党「共に民主党」の国会国防委員会の議員

「実際に議論が行われることを期待します。ただしまず最初に特例の代わりに国家・国民にどのような奉仕ができるのか。この点を提示しなければならないと思います。

反対派「政治家の研究が足りない。BTSだけのための法案と国民の目には映るだろう」

(シン・ジョンウ韓国国防安保フォーラム事務局長/CBSラジオに出演時)

  • シン・ジョンウ氏。北朝鮮のミサイル問題について韓国のニュース番組で解説も行う。

「現在韓国メディアでは『兵役特例』という言葉が使われていますが、これは『兵役免除』に違いありません。最初に話が出てから1年を超える時間が過ぎました。最初は政界の方からこの話が出てきましたよね。だとしたらこういった兵役特例に関する研究がなければならないのに、最近出てきた話を聞くと『国家のイメージを(高めた)』といった話しかないわけです。これを見た時、政治方面では十分な研究がなされなかったということで…にもかかわらず4月じゅうに法案議論を完了させるという。こんなに急いで決めようとするのは政治方面で十分な議論と研究なしでやろうということ。もし仮に”差別”をしたのなら、これはBTSだけのための兵役免除法として国民の目に映る可能性が大きいと思います」

ここ10年の実態は?「芸術分野の免除対象は逆に削減」

もうひとつ関連情報を。ここから先は、日本でも韓国でもあまり出ていないものだろう。韓国兵務省のサイトには「芸術・体育要員代替服務」の項目に制度紹介がある。

ここに「芸術要員」の対象がどう変遷していったのか、という一覧表がある。

はっきり言って、近年はすでに存在する「古典(クラシック)芸能」ですら対象をかなり減らす方向にある。

2008年には計148大会(クラシック音楽国際大会、ダンス、国際大会のない韓国伝統芸能国内大会など)だったのが、2011、12、15年に次々と削減。2022年現在は46大会、119部門となっている。

あまり免除になる人が増えると、不公平感から兵役中の軍人たちの士気が下がる、という指摘がなされてきたからだ。削減傾向はスポーツも同じで、02年まではサッカーW杯でのベスト16が対象だったが、2006年を最後に同成績での適用は廃止された。

国会議員は「積極的」、世論は「やや分が悪い」

最後にこの4月の流れをまとめてみよう。ここまで書ききれなかっった点も含め。

「BTSの兵役免除」法案は、昨年の11月末の国会議論を最後に結論を保留中。「古典芸能・体育の優秀成績者」に認められている代替服務(実質免除)にBTSのような「大衆芸能」を含めるのかどうか。

4月2日、韓国の新政権関係者がHYBEを訪れたところから事態は動いた。直接対面ではHYBE側から兵役の話は出なかったが、対面後に建物の外で新政権関係者が関連のコメントを行ったのだ。

4月10日のHYBE関係者が会見で発言した。今回の話のゴールを「免除」とするのであれば、プラスもマイナスもあった。

プラスは「早い決定を望む」という希望が伝わり、「4月じゅうに国会で結論を」という雰囲気が生まれ始めた点。

マイナスは「会社側から決定時期を要求していいものか」そして「その会見をアメリカに記者を招待してまでやっていいのか」との批判の声が上がっている点だ。これ以降、ネット上での世論は決して良好ではない。

国会議員側はむしろ積極的。5月10日に任期が終わる文在寅政権側も「早く決めよう」と言っている。ただし結局は世論の雰囲気を察しての決定になると思われる。

議論のポイントは「公平性」。BTSだけが特別扱いされている、として他の若者の士気が落ちることを絶対に避けなければならないからだ。賛成派の国会議員が反対意見を覆す意見を出せるかどうか。

賛成派は「古典芸能やスポーツの優秀成績者は免除が認められているのに、大衆芸能が認められないのはむしろ不平等」。

反対派は「BTSだけ加えるのは不平等と映るだろう。議論する政治家の研究が足りない」。

現在会期中の韓国国会は、定例本会議の日程をすべて終えた状態。臨時会を開いての決定になる。本会議までは国会内の軍事委員会で与野党による話し合いが続けられる見込みだ。

  • 韓国国会の様子。こういった場所で話し合われる。2021年11月に「延長」が認められた際のニュースより。

今後は以下のうちの一つが、展開していくことになる。

①4月じゅうに国会臨時会が行われ法案の可決、否決が決まる。

②4月じゅうに国会での議論が行われないか、あるいは結論が出ない。5月以降(新政権下)に持ち越しとなる。

③4月いっぱいで結論が出なかった場合、HYBE側が先に”決断”。メンバーの軍隊行きへの準備を始める。

繰り返しになるが、メンバーもHYBEも「国家が呼べば行く」という姿勢には変わりがない。

(了)

【前編】「4月中に決着か」 BTSと兵役 いま韓国で何が起きているのか ①分岐点になるか「ラスベガス会見」

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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