■NTTは「原則在宅」出社は出張

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、世界中で導入が進んだ「在宅勤務」。しかし2年以上が経ち、この制度の見直しが各地で進んでいる。

6月中旬、NTTは、約3万人の勤務場所を原則として自宅とする「原則在宅」を発表。出社は出張にする方針を打ち出した。

いっぽうテスラのCEO、イーロン・マスク氏は「原則出社」の立場だ。週に最低40時間オフィスに出社しなければテスラを退社してもらう、と発言している。

在宅勤務をさらに推し進める企業もあれば、縮小させる企業もある。そんな中、NTTは「原則在宅」を、イーロン・マスクは「原則出社」を選んだ。

どっちが正解なのか?

まずはNTTの「原則在宅」について考えてみたい。

「原則在宅」は、大胆な発想だ。筆者は大きな副作用があると見る。

大企業の間で広がる「ジョブ型雇用」とともに「自律型人材」に有利で、「依存型人材」には極めて不利な発想だからだ。

「依存型人材など不要だ」

という意見もあるだろう。しかし、根っからの依存体質ならともかく、すべての業務、すべての期間、まるでフリーランスのように自分を律していられるだろうか。

歴史あるNTTという大企業で、全員にその発想を求めるのは酷だ。

たとえある業務は専門でも、苦手な業務や慣れない雑務もあるはずだ。時期によっても異なる。体調が芳しくないとき、心が疲れているときもある。そういう時期も支え合うからこそ、組織のよさがある。

毎日のように顔を見て、相手の心情を察する。だから声を掛けられる。そんなものだ。疲れている時に助けてくれた恩は忘れない。そうして、

「自分も誰かが調子を崩しているときは助けてあげたい」

という気持ちが芽生えてくるものだ。

■組織マネジメントでも対策が必要

組織をマネジメントする際も、気を付けるべき点は多い。

電話で頻繁に声掛けをしても、オンライン会議で表情を見ながらコミュニケーションをとったとしても、それでメンバーの状態を察することはできない。

感情が顔や声に出ない人もいる。挙動の変化が、その人の感情をあらわすこともあるのだ。「異常値」を発見するには、たまに接するだけでは物足りない。

新入社員をはじめ、社歴の浅い人にどう指導し、啓蒙していくのか。技能的なことはともかく、組織としての価値観やフィロソフィーも伝承していかなければならない。

組織のメンバーよりも、マネジメントを任された人が「原則在宅」にどこまで対応できるかが問われる。

「会社は原則在宅だが、私はオフィス勤務を基本としたい」

などと、マネジャーが勝手なことを言い出さないようにチェックすることも重要だ。

■「原則出社」はなぜ時代遅れなのか?

いっぽう「原則出社」はどうか。

出社しない限り、業務を遂行できないのならともかく、イーロン・マスク氏の「在宅勤務はサボりの温床」という発想が原因で「原則出社」にするのなら「時代遅れ感」が強すぎる。

議論の余地がない。

現代は「多様性の時代」だからだ。経営者は自分の価値観を押し付けるべきではなく、柔軟な姿勢で多様性を認めていくことが求められている。

トランプ前大統領のように、

「Aがすべてだ。A以外は排除せよ」

という言い方はわかりやすく、熱狂を生む。しかし分断も起こるのだ。

今回のイーロン・マスク氏の発言に、

「その通りだ!」

と強く支持する人もいるだろう。しかし「サボリ」をなくすための解決策が「原則出社」では、いくらなんでも理屈が通らない。EV(電気自動車)で事故が起きたら、ガソリン車に戻すのか。在宅勤務をしても「サボリ」が減るように対策するのが、常識的な発想ではないか。

いろいろな事情を抱える従業員が「働きがい」を感じられるように、多様な働き方を認めることが経営の常識となりつつある。

従業員のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げるためにも、また従業員エンゲージメントを下げないためにも「原則出社」の発想は撤回したほうがいい。

■大事なのは「あり方」だ

NTTの「原則在宅」は強制ではない。出張扱いだが出社はできるので、在宅で仕事ができない人が肩身の狭い思いをしないのであれば、それほど大きな問題にはならない。

ただ歴史のある企業なので、若手よりもベテラン人材に対する啓蒙、リスキリング(学び直し)が必須であろう。

いっぽうテスラの「原則出社」は前述した通り、撤回したほうがいい。出社を強制する措置だからだ。

会社が進むべき方向――つまり「あり方」は唯一であり、これは統一すべきことだ。しかし、その「あり方」を実現させる「やり方」は多様であっていい。そういう時代なのだ。だから「働き方」は選択できる余地を残したほうがいい。