絶対達成する「空気」の入れ替え方
組織の最大の問題は「空気」
私は現場に入って、企業の目標を絶対達成させるコンサルタントです。「前よりもよくなった」を求める企業ならともかく、予算計画を絶対達成させるという姿勢でコンサルティングをしますから、私たちコンサルタントも、企業側もそれ相応の覚悟をもってプロジェクトに臨みます。そうすると、現場ではいろいろな問題が浮き彫りになってきます。
最も大きなものが「空気」です。組織風土改革の手法と3つのポイントに書いたとおり、組織風土は人の価値基準を決定付ける重要な要素。特定の脳の神経細胞(俗称:ミラーニューロン)が原因で、人は近くにいる人の言動のみならず思考までも無意識にモデリングします。良くも悪くも周囲の人たち、そして空気に「感化」されていくのです。
つまり、外面(そとづら)はよくても、悪い空気が蔓延している企業に就職すると、どんなに抵抗しても組織の「空気」に感化されていきます。それではどのようにして組織の「空気」を「良い」「悪い」「普通」に分類できるのか、二重規範(ダブルスタンダード)という言葉を使って解説していきます。
名目スタンダードと実質スタンダード
「ダブルスタンダード」とは、同じ状況において異なる規範・価値基準が不公平に適用されることを言います。「名目スタンダード」と「実質スタンダード」という言葉で表現します。
● 名目スタンダード …… 組織内の名目上の共通認識・価値観・ルール等(組織全体が同じであることが基本)
● 実質スタンダード …… 組織内の事実上の共通認識・価値観・ルール等(主導するリーダーなどによって変化する)
要するに「名目スタンダード」は建前で、「実質スタンダード」は本音のこと。
たとえば「名目スタンダード」が「残業は月20時間以内」であっても、「実質スタンダード」が「若いうちは残業100時間ぐらいするのが当たり前。早く帰る奴は仕事が少ないとみなす」だと、二重規範。つまりダブルスタンダードがまかり通る組織、ということになります。誰も強要はしていません。しかし、どうもそのような「空気」が漂っていて、仕事が定時までに片付いても帰宅できる雰囲気ではないのです。「人」ではなく、「空気」が圧力をかけてくるので、よほど空気が読めない人でないかぎり、抗うことは難しいでしょう。
しかし「ダブルスタンダード」がすべて良くないか、というとそうではありません。たとえば「名目スタンダード」が「朝の出勤時間は9時」であっても、「実質スタンダード」が「気持ちよく仕事をするため9時より30分前に出勤して身の回りやお店の掃除をする」だと、これも二重規範。ダブルスタンダードがまかり通っている組織、ということになります。しかし、誰かが強要したわけではなく、スタッフが率先して30分前に出勤し、みんな笑顔で朝の掃除をしていたらどうでしょうか。気持ちの良い職場、問題意識の高い組織、と表現してもいいはずです。
異なるのは「実質スタンダード」が、中長期的な視点において、組織にも個人にも正しい利益をもたらすかどうかです。(利益は金銭的なものだけに限定しません)ブラック企業のように、スタッフに長時間労働を強いることで企業に利益をもたらせても、個人の健康を害するような働き方が良い「空気」を作り上げることはありません。反対に、スタッフが目先のことだけを考え、ラクをしたい、面倒なことはしたくないという価値観が広まっているケースでも同じです。片方の都合のみが反映された「実質スタンダード」がネガティブな空気を作り上げてしまいます。
良い空気の組織に良い人材が集まる
それでは、さらに理解を深めてもらうため、ネガティブな「実質スタンダード」とポジティブ「実質スタンダード」の例を書き出してみましょう。
ネガティブな「実質スタンダード」の例
●「目標はあるけれども、とても会社側が掲げた目標などできるわけがない」
●「残業を短くと言われても、残業が長いほうが評価される」
●「大きな声で挨拶しろとは言われているが、目立ちすぎると白い目で見られる」
●「目標管理制度はあるけれど、実際にはそんなことで部下を評価したことがない」
ネガティブな「実質スタンダード」は、「名目スタンダード」よりもレベルが低く、「こう言われてはいるが、実際は違う」というものばかりです。真面目な人ほど「実質スタンダード」を否定的にとらえます。「名目スタンダードは理想であって、現実的には実質スタンダードにならざるを得ない」という諦めの気持ちも入り混じります。
こういう組織は、「1+1<2」で表現できます。個人のポテンシャル以下の実力しか発揮できない、ということです。それでは、ポジティブな「実質スタンダード」とはどんなものでしょうか。
ポジティブな「実質スタンダード」の例
●「朝は30分早く出勤して、お店の中を掃除するのが当たり前」
●「お客様に不快な気分を与えないよう、身だしなみを整えておくのは当たり前」
●「仕事に関する本を読んで、スキルアップに努めるのが普通」
●「上司から指摘されるより前に、報告・連絡・相談するのが常識」
ポジティブな「実質スタンダード」は、「名目スタンダード」よりレベルが高く、組織により貢献する内容となっています。そしてそれをするのは当たり前で、そのことで苦痛を覚えないし、面倒だとは思わない。とても前向きな姿勢がうかがえます。こういう組織は、「1+1>2」で表現できます。それぞれ個人がポテンシャル以上の力を発揮します。
文章のみを読むと、「そこまでやる必要があるのだろうか」と受け止める人もいるでしょう。しかし、そのような空気に染まった組織にいれば、それが「普通」「常識」になっていきます。
組織には「2・6・2の法則」があります。組織は「20%のできる人」「60%の普通の人」「20%のできない人」に構成されやすいとした法則です。ネガティブな空気が蔓延した組織には、上位20%の人が違和感を覚えるものです。「この価値観はおかしい」「会社のことは好きだけど、この風土は決してよくない」と思い、いろいろ働きかけるでしょう。しかしそれでも長年醸成されてきた「空気」に変化が見られないと判断すれば、その組織から離れていく可能性があります。
反対に、ポジティブな空気に染まっている組織は、下位20%の人にはとても居心地の悪い場所となるでしょう。「なんでそんなに一所懸命になるの?」「そこまでやって楽しい?」と不平を口にするかもしれません。その場の空気に染まることができず、こういった方々も組織から離れていく可能性があります。
組織には「浄化作用」があります。結局、ポジティブな空気に感化されない人、ネガティブな空気に馴染まない人は、それぞれ去っていくことになります。そうして、ポジティブな空気の会社はよりいっそう澄んだ空気に、そしてネガティブな空気の会社は、以前より淀んだ空気に染まっていくのです。
「空気革命」をするために……
「実質スタンダード」というのは「名目スタンダード」と異なり、どこにも明記されていません。その価値基準は何となくであり、アバウトなもの。私たちコンサルタントが現場に入り、「どうやら御社は残業が長い人のほうが評価されるようですね」と問いただしても、経営幹部は「そんなはずはない。今どき時間外労働を奨励する会社なんてありませんよ」と返してきます。
現場に確認しても、「うーん、どうでしょう。本当は早く帰ったほうがいいんでしょうけど」と曖昧に答えます。このように「実質スタンダード」というものは、空気のように実態のないものなのです。しかし組織構成員の意思決定に強い影響力を及ぼしています。どんな言葉で取り繕っても、組織構成員の行動でわかります。そしてよほどの問題が起こらない限り、この「実質スタンダード」が外に漏れ出ることがないのです。
それでは、どのようにすれば組織の空気を浄化させることができるのでしょうか。影響力のある外部の人間が入り込むことによって、中の空気がなかば強制的に入れ替えられる、ということはあります。「空気革命」です。しかし、それほどインパクトをかけるのが難しく、時間がかかっても空気を置換したい人は、「守破離」の思想を思い出してみましょう。師から教わった「型」を守り、繰り返し実践して体得してから、その「型」を破り、最終的には「型」から離れて自由になることを「守・破・離」と呼びます。
ネガティブな空気が蔓延している組織は「名目スタンダード」が形骸化しています。ですから「実質スタンダード」を再度、徹底的に守らせます。「守破離」の「守」へ回帰するのです。ベテランも新人も、その組織へやってきた当初の気持ちに戻るようにします。
私は企業の目標を絶対達成させるコンサルタントです。とはいえ、クライアントにいきなり結果を出させることはできません。まずは数か月間、自分が宣言した行動指標・プロセス指標を期限内に必ずやり切ってもらうよう指導します。自分と組織とで交わした「約束」さえ守れないうちは、次のステップへ移行することはありません。「結果」ではなく「行動」の目標ですから、できない理由は限りなくゼロに近いはずです。想定外の問題が途中であらわれても、工夫しながら自分で乗り越えます。組織のメンバー全員が例外なく「やり切る」こと、約束を「守る」ことで、組織の空気が徐々に変わってきます。
「場の空気」が変わるのには少々時間がかかりますが、その分、持続性の高い効果があります。「目標はあくまでも目標であり、できる限りのことをすればいいよね」という空気を一変させ、「目標は絶対達成させる。達成するのが当たり前」という空気を作れば、必ず個人が実力以上の力を発揮するようになります。組織内の空気が淀んできたと感じたら、その都度、初心に戻り、原点回帰をしてみましょう。