老舗の味がどんどん消えていく東京

戦後から長く愛されてきた老舗の味を守るにはどうすれば良いか。
戦後から長く愛されてきた老舗の味を守るにはどうすれば良いか。

 戦後から70年以上が経ち、その時代に創業した個人の飲食店が大きな問題に直面している。経営者の高齢化などにより店を閉めたり、店を続けたくとも後継ぎがおらず止む無く暖簾を下ろす店が少なくないのだ。昭和、平成の時代を通じて長く愛されてきた店と味が、令和の時代に失われようとしている。

 飲食店は常に時代とともにあった。戦争の焼け野原で食べるものが少なかった頃から高度成長期やバブルを経て、今はファストフードやチェーン店など、様々なジャンルや業態の飲食店がひしめき合う「飽食の時代」へ。さらに未曾有のコロナ禍によって飲食店を取り巻く環境は年々厳しくなっている。

惜しまれつつ暖簾を畳む老舗も少なくない。
惜しまれつつ暖簾を畳む老舗も少なくない。

 戦後に制定された「日本国憲法」によって「職業選択の自由」が保証された。戦前は仕事の種類も少なく、中華料理屋に生まれればその後を継ぐのが当たり前だったが、今は様々な種類の仕事があり、誰もが就きたい仕事に就ける時代だ。薄利多売で大変な飲食店を継がせようと思う親も少なくなり、代々続く家業を守ろうと思う子も少なくなった。

 戦後に創業した店の場合、創業者は大正から昭和一桁世代で、その子供は戦後すぐから高度成長期に生まれ育った世代。そして三代目は昭和の終わりから平成生まれ。二代目までは昭和の価値観が体に染みついていた世代だが、多様性の時代に生まれ育った三代目の世代は、完全に昭和とは価値観が違う。しかしながら、そんな中でもしっかりと家業の店を継いで守ろうという若い世代もいる。

昭和31年創業の老舗『中華そば 共楽』

2019年にビルが建て直され店舗も新しくなった『中華そば 共楽』(銀座)。
2019年にビルが建て直され店舗も新しくなった『中華そば 共楽』(銀座)。

 銀座は古くから人々に愛され続ける老舗が多い街だ。昭和31(1956)年創業の老舗ラーメン店が『中華そば 共楽』(東京都中央区銀座2-10-12)。屋台として創業したのちに、銀座二丁目に店を構えて60年。サラリーマンや買い物客など、多くの人で昼夜を問わず賑わう人気店だ。

 2016年に入居するビルの建て直しに入り3年間休業したが、2019年のビル完成と共に再開。復活を待ち望んでいた常連客やラーメンファンで、以前と変わらぬ賑わいをみせている。そして、真新しい厨房で中心になって中華そばを作っている若い三代目の姿が目に入る。

三代目の中野和彦さん(左)と、父であり二代目の中野喜久雄さん。
三代目の中野和彦さん(左)と、父であり二代目の中野喜久雄さん。

 三代目として老舗の暖簾と味を受け継いだのは、創業者中野太一郎さんの孫にあたる35歳の中野和彦さん。小学生の時から料理人を志していた和彦さんは、広東料理の世界で腕を磨いていたが、家業であるこの店を継ぐことを決めた。今は二代目である父の喜久雄さんと、母のきよ子さんと共に、65年続く店を守っている。

 厨房の向きやカウンターなどの佇まいは以前の店と変わらず。増床していた場所にあったテーブル席も一つの空間になった。店の入り口にある券売機を客が使わずにきよ子さんが使うのも変わらない。「お客さんに手間をかけたくないし、会話ややり取りが出来た方が良いから」と、客の注文を聞きお金を貰ったきよ子さんが券売機に入れるのだ。

65年受け継がれた中華そばの味

シンプルな面持ちながらも深みのある味わいがする「中華そば」。
シンプルな面持ちながらも深みのある味わいがする「中華そば」。

 『中華そば 共楽』の中華そばは、創業以来変わらぬ醤油味の一種類のみ。動物系素材と魚介系素材がバランスよく融合したスープに、深みのある醤油ダレが見事に調和する。しなやかな食感の中細ストレート麺に、脂身の少ない豚モモ肉のチャーシューはしっとり柔らか。乾燥メンマを4日かけて戻してから味付けした竹の子はコリコリとした歯応えがクセになる。

 見た目はシンプルな昔ながらの中華そば。しかしながら、スープを一口すすったらその味わいに驚くだろう。異なる旨味が複雑に重なり合う味の秘密は門外不出の完全非公開。良くも悪くも素朴で平坦な味わいが多かった戦後の中華そばの中で、この味わいが突出していたことは想像に難くない。今の新しいラーメンと比べてもまったく古さを感じさせない存在感のある一杯だ。

 味は一種類だが具材は豊富。常連客はここに自分好みの具材を足していく。ピロピロとした皮の食感が楽しめるワンタンを入れたり、チャーシュー麺にしたり、竹の子を増量したり生卵を乗せたり。さらには味の濃さや麺の硬さなども好みを伝えることが出来る。人それぞれ味の好みがある、というのが二代目の信条。自分好みの味や組み合わせを見つけるのも、この店の楽しみ方の一つなのだ。

三代目の挑戦から生まれた老舗の進化

『共楽』の麺とワンタンの皮は三代目が作る自家製になった。
『共楽』の麺とワンタンの皮は三代目が作る自家製になった。

 若き三代目になっても、祖父の代から受け継いだ伝統の中華そばの製法は変わらない。しかし、和彦さんになって変わったことがある。それは、これまで製麺所に頼んでいた麺とワンタンの皮が自家製になったことだ。毎日営業が終わった後に、近くに借りた場所で和彦さんが麺を打っている。

 創業者の祖父は製麺所に勤めていた経験を持ち、二代目の父も日本蕎麦打ちの経験がある。自分も麺が打てるようになりたいと、和彦さんは3年間の休業中に自家製麺のラーメン店へ入って麺打ちの修業をした。新しく和彦さんが打った麺は、しなやかで茹で伸びすることなく、今まで以上にスープとしっかり馴染んでいる。三代目の挑戦によって老舗の中華そばは、より美味しさを増したのだ。

広東料理の世界から三代目として店を継いだ、店主の中野和彦さん。
広東料理の世界から三代目として店を継いだ、店主の中野和彦さん。

 後継ぎがいないことから惜しまれつつも暖簾を畳む老舗が多い中、銀座で半世紀以上愛され続ける老舗は三代目の手により、さらなる進化を遂げてこれからも歴史を重ねていく。「息子が店を継いでくれて嬉しい」と目を細める二代目。食べ手としてもこれ以上の喜びはない。

※写真は筆者によるものです。

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