85年愛され続けるもう一つの「大勝軒」

創業85年、三代にわたり暖簾と味を守り続けている「大勝軒」(日本橋)。

異なる歴史を持つ大勝軒の三大系譜

1951(昭和26)年創業の「中野 大勝軒」はつけ麺の発祥として知られている。
1951(昭和26)年創業の「中野 大勝軒」はつけ麺の発祥として知られている。

 「大勝軒」という名前のラーメン店を誰もが一度は目にしたことがあるだろう。一説には戦時中に勝利したことを祝ってとも、縁起の良い屋号であるからとも言われている大勝軒の屋号。しかし大勝軒にはいくつかの系譜があり、それらの系譜は同じ店から枝分かれしたわけではなく、たまたま同じ屋号を用いていただけのこと。大勝軒はそれぞれ異なる歴史を持っているのだ。

 まず「丸長・大勝軒系」の系譜。こちらは長野出身の蕎麦職人が共同経営により荻窪で始めた「丸長」(昭和22年創業)がルーツ。共同経営者の一人だった故坂口正安氏が丸長から離れて「中野 大勝軒」(昭和26年創業)を創業。坂口氏の親戚で店長を任されていたのが、つけ麺の元祖として知られる故山岸一雄氏で、山岸氏は中野時代に賄いから「つけそば」を考案しメニューに加えた。その後、山岸氏は独立して「東池袋 大勝軒」(昭和36年創業)を開く。山岸氏の下から独立した店主も多いため、大勝軒と名のつく店で一番多いのは丸長・大勝軒系だろう。今もつけ麺(つけそば、もりそばとも)が看板メニューになっている店が多い。

 次に「永福町大勝軒系」は、その名の通り永福町にある老舗「大勝軒」(昭和30年創業)の流れを汲む系譜。新潟出身で農家を営み、のちに上京して製麺業を営んでいた家で育った故草村賢治氏が創業した。たっぷりの煮干しとラードを使った醤油ラーメンが特徴で、麺の量も通常のラーメン店の倍ほど入っている。

 主によく知られている大勝軒は上述した「つけ麺の丸長・大勝軒系」と「煮干しの永福町大勝軒系」であるが、もう一つ忘れてはならない大勝軒の系譜が、人形町で創業した中華料理店「大勝軒」から連なる系譜だ。その創業は丸長・大勝軒系よりも永福町大勝軒系よりも古い、1912(大正元)年。現在本店は珈琲店に業態を変えてしまったが、系列店は今も中央区を中心にいくつも営業を続けている。

三代味を守り続ける「日本橋 大勝軒」

1933(昭和8)年創業の「日本橋 大勝軒」。オフィス街に突如現れるノスタルジックな佇まい。
1933(昭和8)年創業の「日本橋 大勝軒」。オフィス街に突如現れるノスタルジックな佇まい。

 百年以上の歴史を持つ「人形町大勝軒系」の中で、今も昔の佇まいで愛され続けている老舗が「日本橋 大勝軒」(東京都中央区日本橋本町1-3-3)だ。創業は1933(昭和8)年と、今年で85年の歴史を数える都内屈指の老舗ラーメン店である。再開発が進む日本橋のオフィス街に突如として現れる三階建ての店舗は、1963年に新たに建てられた和洋折衷のモダンなものだが、それでも半世紀前のものだ。

 先述した「人形町大勝軒」で修行を積んで独立したのが、創業者の故高橋春吉氏。現在は孫にあたる三代目の高橋一祐氏を中心に、兄弟家族で創業以来変わらぬ大勝軒伝統の味を守り続けている。オフィス街である日本橋だけに、ランチライムともなるとサラリーマンですぐ満席になる。夜は一品料理をつまみにビールなどを楽しむ人も多い。戦前から戦中戦後、そして今に至るまで、日本橋という街と人たちに密着し続けた店だ。

創業時から変わることのない「中華そば」

「日本橋 大勝軒」の「中華そば」。一杯650円という価格も庶民の味方。
「日本橋 大勝軒」の「中華そば」。一杯650円という価格も庶民の味方。

 皮から手作りのシューマイをはじめ、餃子や肉団子、豚肉のカラアゲなど長年愛されている一品メニューが豊富な大勝軒。しかしながら、やはり必ず食べて頂きたい逸品は「中華そば」だろう。

 80年以上ものあいだ愛されてきた中華そばは、飾り気のないシンプルなもの。しかし一口麺とスープを啜れば、見た目とは裏腹の存在感ある味わいが口いっぱいに広がる。麺は創業当時から自家製麺で、店から歩いてすぐの場所にある製麺所で毎朝その日に使うものを打つ。チャーシューも煮豚ではなく昔ながらの焼豚で、もちろんこちらも手作り。「昔の店はどこもすべて自分で作っていた」と語る三代目は、それを愚直に守り続けているのだ。

 基本的な設計は変えていないものの、三代目はスープの味に深みを与えて焼き豚の製法も見直した。昔のままではなく時代に合わせてアップデートし続ける。それこそ日本橋という場所で80年以上にわたり、ずっと多くの人たちに愛され続けている理由の一つでもあり、変わることのない老舗のプライドなのだ。

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※写真は筆者の撮影によるものです。