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【戦国こぼれ話】大坂冬の陣・夏の陣においても、庶民が苦しんだ物価高の事情

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
大阪城。(写真:イメージマート)

 今年2月からロシアとウクライナが戦争状態に入り、世界的な物価高となった。日本では円安が重なり、庶民は連日の値上げラッシュに悲鳴を上げている。

 実は、今から約400年前の大坂冬の陣・夏の陣においても、庶民は物価高に苦しんだ。その事情を取り上げることにしよう。

■米の買い占め

 『山本日記』によると、諸国から大坂へ運ばれた米は、豊臣方が籠城するために買い占めたと伝えている。値段は、高騰して米1石(約180キログラム)が130匁であった。

 ところが、世間の相場でいえば、だいたい米の価格は17・18匁であったというので、約7・8倍程度まで上昇したことになる(『長沢聞書』)。

 現在、米の値段はピンからキリまであるものの、だいたい5キログラムで2000程度であろうか。それが同じ重さで15000~16000円くらいまで値上がりしたことになる。全くもって、信じがたいような値上がり幅であった。

 米価の高騰は、庶民の生活に大打撃を与えた。この頃、京都では不幸なことに飢饉になっており、米は2升(約3.6キログラム)で2匁という価格まで上昇していた。

 そこで、庶民は飢えを凌ぐため、米糠の糂を食していたという(『土御門泰重卿記』)。本来、糂とは米の粉を水で煮立てた、お粥のようなものであった。しかし、この場合は米の粉でなく、捨てる部分の米糠で雑炊を作り、食していたのである。

■馬の価格も急騰

 物価の高騰は、遠く東北方面へも広がっていた。戦闘に用いられる馬の価格は上昇し、砂金や米穀の価格も同様であったという(『祐清私記』)。

 馬は上物よりも、ランクの低い物のほうが人気があったという。ある程度の数を確保する必要があったからであると考えられる。

 徳川方、豊臣方ともそれぞれ10万以上の兵士が全国から動員されているだけに、合戦に関わる物品などは奪い合いのような状況になったのであろう。このことが社会に大きな混乱をもたらした。

■むすび

 いざ戦闘になると、今度は徳川方、豊臣方とも兵糧米の確保に悩まされることになる。とりわけ籠城している豊臣方は補給路が限定されていたため、法外な値段であっても購入せざるを得なかった。

 いずれにしても、戦乱によって米価などの物価は高騰し、両軍陣営はもとより、庶民生活に悪影響を及ぼしたのである。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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