【戦国こぼれ話】戦国時代の女性は美しかったのか、それとも醜かったのか。外国人の視点で考える
いよいよ東京オリンピックが開幕する。一方で、選手の実力とは関係なく、「どの選手が美しいか?」ということも話題になっているようだ。今回は戦国時代の女性は美しかったのか考えてみよう。
■フロイスの意見
戦国時代の女性といえば、お市の方(浅井長政、柴田勝家の妻)などの美しい女性を思い浮かべる。美醜の価値基準はさまざまであるが、外国人の目から見た評価を考えてみよう。
フロイスは『日本文化とヨーロッパ文化』の中で、戦国時代の女性の美醜について印象を述べているが、あまり芳しいものではない。
戦国時代の女性は、髪の美しさを保つため、胡麻油、椿油、くるみの油で使用していた。しかし、胡麻油には特有な匂いがあったため、フロイスは悪臭を放つと感じた。どうしても嫌な香りだったのだ。
また、独特の太い眉や鉄漿(おはぐろ)も慣れていなかったので、フロイスの好みではなかったようだ。概して、フロイスの戦国時代の女性の美しさに対する評価は、低かったといえる。
■アビラ・ヒロンは高評価
スペイン人のアビラ・ヒロンは、フロイスと違って、日本の女性に好意的な感想を書き記している。ヒロンは、「日本女性は色白であり、目鼻立ちがよく、美しくてしとやかな人が多い」と述べている。
日本女性の庶民は、顔を「そこらの水溜りで洗っていた」とヒロンは述べているが、「必ずしもエスパニア女性の肌の方が美しかったわけではない」と感想を記している。
たしかに、現在でも欧米人の女性には、しみやそばかすが多く見られるので、そのことを言っているのかもしれない。アビラ・ヒロンは、戦国時代の女性に好印象を持ったようだ。
■フランシスコ・カルレッティも高評価
イタリア人のフランシスコ・カルレッティも、女性の美しさを褒め称えた一人である。日本の女性に対する印象は、「目は小さいが大きな目よりも美しい」とし、また「真っ黒な髪の毛は金髪よりも美しい」と感想を述べている。日本人女性には、一重瞼の女性が多く、目が小さいとの印象を受けたのであろう。
なお、カルレッティは、イタリアのフィレンツェに生まれ、世界を遍歴した商人である。朝鮮半島から女性を奴隷として売買したこともあった。女性を見る目も肥えていたことであろうし、アジア人が好みだったのかもしれない。
このように評価が異なるのは、フロイスの著作が文化論的な色彩を帯びているのに対し、ヒロンやカルレッティのものは、素直に自身の印象を述べているからであろう。しかし、逆に言えば、当時の日本人がヨーロッパの女性を見ていれば、おそらく奇異な感想を漏らしたはずである。
とはいえ、男性も女性も顔の美醜で価値が決まるわけではない。そのことは、改めて確認しておきたい。