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『ブラッシュアップライフ』が「見逃せない1本」になったワケ

碓井広義メディア文化評論家
『ブラッシュアップライフ』主演の安藤サクラさん(番組サイトより)

気がつけば、安藤サクラ主演『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)が、毎週「見逃せない1本」になっています。

もしも未来が分かっていたら、踏まずにすんだ地雷があったはずです。

もしも生き直すことが可能なら、岐路での選択も違ってくるでしょう。

『ブラッシュアップライフ』は、そんな「やり直し人生ゲーム」のドラマです。

秀逸な「設定」と「配役」

まず、基本設定が秀逸です。

ヒロインの近藤麻美(安藤)は突然の交通事故で死亡しました。

気がつくと奇妙な空間にいて、案内人の男(バカリズム)から「来世ではオオアリクイ」だと告げられます。

オオアリクイと知って、「今世をやり直す」ことを選びました。

麻美は、誕生から社会人へと至る「2周目の人生」を歩み始めます。

ただし、以前の人生よりも何かしら「徳を積む」ことが必要です。

保育園で女性保育士と園児の父親との不倫を阻止したり、売れないミュージシャンという未来が待ち受ける同級生(染谷将太)を救おうとしたりします。

人生に修正を施すため、周囲に悟られることなく善行に励む様子が何ともおかしい。

また、幼なじみたち(夏帆と木南晴夏)とのレディーストークも、ユーモラスでリアルな言葉と軽快なテンポが心地いい。

「配役の妙」と言える3人のシーン、ずっと見ていられます。

そんな麻美のやり直し人生も、すでに4周目。

薬剤師からテレビプロデューサーへ。職業も変化する飽きさせない展開は、「バカリズム」によるオリジナル脚本の成果です。

それを体現する、「安藤サクラ」という俳優のうまさも特筆ものです。

磨きがかかる「バカリズム脚本」

バカリズムが初めて脚本を手掛けた連続ドラマは、2014年秋の『素敵な選TAXI』(関西テレビ制作・フジテレビ系)でした。

トラブルを抱えた人物が偶然乗ったタクシー。それは過去に戻れるタイムマシンです。

運転手役は竹野内豊さん。乗客の話をじっくりと聞き、彼らを「人生の分岐点」まで連れて行ってくれる。

タイトルの「せんタクシー」は「選択肢」を意味しています。

たとえば、駆け落ちする勇気がなかった過去を悔いる民宿の主人(仲村トオル)。

不倫相手である社長と嫌な別れ方をした秘書(木村文乃)。

さらに、恋人へのプロポーズに失敗した売れない役者(安田顕)などが乗車します。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、タイムマシンの役割を果たしたのは、ガルウイングドアの「デロリアン」でした。

このドラマでは、40年以上前の古いトヨタ「クラウン」のタクシーというのがうれしい。

乗客たちは問題の分岐点まで戻って新たな選択をします。しかし、だからとって何事もうまく運ぶわけではありません。

物語には苦笑いしたくなるような〝ひねり〟が利いており、よくできた連作短編集のようなドラマでした。

この作品で、「第3回市川森一脚本賞」の奨励賞を受賞しています。

そんな第1作と今回の最新作に共通するのは、「時間」を最大限に活用した脚本でしょう。

懐かしさの「設計」

時間軸の操作は、見る側を捉えて離さない引力を生み出します。

自分の意図に合わせて時間を操ることは、脚本家の特権の一つでもありますが、そのSF的世界観にリアリティーを与えるのは容易なことではありません。

このドラマでのタイムワープは、大昔ではなく、近い過去へのもの。見る側が自分の体験と重ねることが出来る、懐かしさの「設計」が巧みです。

その上で、鋭い人間観察と独自のユーモアセンスで仕掛ける、絶妙なエピソードの連打。

ヒロインである麻美の人生だけでなく、バカリズムの脚本もまた見事にブラッシュアップされているのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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