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ドラマ『silent』から、なぜ目が離せないのか

碓井広義メディア文化評論家
紬(川口春奈)と想(目黒蓮)〈番組サイトより〉

川口春奈主演『silent』(フジテレビ系)。

次回が待ち遠しいドラマがあるって、小さなシアワセかもしれませんね。

ちょっと、振り返ると・・・

高校生の紬(川口)と想(目黒蓮)は、周囲も認める似合いのカップルでした。

しかし卒業後、想は突然姿を消してしまいます。

それから8年。

偶然再会した想は、「若年発症型両側性感音難聴」で耳が聞こえなくなっていました。

それが、紬と一方的に別れた理由だったのです。

8年の間には、「変わったこと」と「変わらないこと」があります。

紬は高校時代の仲間である湊斗(鈴鹿央士)と付き合っています。

想には彼を支え、そして慕う、ろう者の奈々(夏帆)がいます。

でも、紬と想の中で、互いの存在は消えていませんでした。

湊斗は2人のため、そして自分のためにも紬と別れることを決めます。

奈々もまた、想と距離をとろうとします。いじらしい奈々を演じる、夏帆さんが素晴らしい。

物語の「共振性」

このドラマの秀逸さは、言葉に頼り過ぎない物語構築にあります。

登場人物たちが、思ったことを何でも口にするドラマとは異なるんですね。

想と奈々はもちろん、紬も彼らと話すときは手話が中心になっています。

とはいえ、微妙なニュアンスが十分に伝わらないことも多いわけです。

その「もどかしさ」が何とも切ない。

また見る側は、音声がない分、テレビ画面から目を離すことができず、物語にのめり込んでしまう。

わずかな沈黙の時間や表情の中に、彼らの気持ちや言葉にならない感情を探り、想像し、自分なりに補っていきます。

そして紬と想が互いの思いを通わせる姿に、つい感情移入してしまう。

その「共感性」もしくは「共振性」こそが、このドラマのキモと言っていいのではないでしょうか。

構成とセリフの妙

脚本は、生方美久さんのオリジナル。

時間軸も含めた見事な構成と繊細なセリフは、これが連ドラ初挑戦とは思えません。

たとえば、第7話。

紬と会ってきた奈々が、想に報告しました。

紬はこの日のために、自分が奈々に伝えたいことを、手話教室の先生(風間俊介)に頼んで“翻訳”してもらっていたのです。

奈々が言います・・・

「気持ちを伝えようって、必死になってくれてる姿って、すごく愛(いと)おしい。まっすぐに、その人の言葉が自分にだけ飛んでくる」

それは紬だけでなく、自分と向き合う時の想のことでもあります。

こうしたセリフが織り込まれた“会話”を、数分間にわたって展開させている。

見る側にも、音のない世界を体験させてくれている。

まるで自分が見えない人間になって、2人の隣にいるような臨場感があります。

さらに、手話によるやりとりが続いた後、すっと忍び込んでくる、静かなピアノのメロディ。得田真裕さんの音楽が実に印象的ですね。

これからドラマは終盤へと向かいます。

川口さんはもちろん、間の取り方や微(かす)かな表情の変化などで、丁寧に気持ちを表現している目黒さんの演技も、最後まで堪能したいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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