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『北の国から 2002遺言』から20年、幻の「続編」とは?

碓井広義メディア文化評論家
『北の国から』五郎の家(写真:イメージマート)

連続ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)が始まったのは1981年10月。

翌年3月に全24話が終了した後も、スペシャル形式で2002年まで続きました。

放送されていた20年の間に、壮年だった黒板五郎(田中邦衛)は60代後半になっています。

また、小学生だった純(吉岡秀隆)や螢(中嶋朋子)は大人になっていき、仕事、恋愛、結婚、さらに不倫までもが描かれたのです。

ドラマの中の人物なのに、見る側はまるで親戚か隣人のような気持ちで黒板一家を見守ってきました。

この「時間の共有」と「並走感」は、『北の国から』の大きな魅力です。

『北の国から 2002遺言』から20年

シリーズの最後となった、『北の国から 2002遺言』前編が放送されたのは、2002年9月6日のことでした。翌7日に、後編も流されました。

あれから20年。しかし、多くの人にとって、物語は今も続いているのではないでしょうか。

思えば、確かに五郎は「遺言」を書いていました。しかし亡くなったわけではなかった。

実際、純も螢も、ドラマの中でこの遺言を目にしてはいません。

あれからずっと五郎は富良野で、そして子どもたちはそれぞれの場所で元気に暮らしているのではないか。

見る側はそんなふうに想像しながら20年を過ごすことが出来ました。

実は、倉本聰さんは『2002遺言』の「続編」にあたるシナリオを書き上げていました。

昨年秋、富良野で開かれた、「『北の国から』40周年記念イベント」で、その内容(粗筋)を自ら語って明かしています。

タイトルは『北の国から 2021ひとり』。

続編『北の国から 2021ひとり』の粗筋

会場で直接聞いた、倉本さんの説明によれば・・・

2002年、螢と正吉は息子の快(かい)を連れて福島県に行きます。

桜並木で有名な富岡町の夜ノ森に家を借り、正吉は富岡町の消防署に勤め、螢は診療所に勤めました。

2009年に「さくら」という女の子が生まれると、五郎はその子に夢中になり、なかなか富良野に帰りません。

それを純たちが連れ戻すといった出来事があります。

2010年、純の妻である結(ゆい)が、勤め先の店長と不倫をしたことで離婚。

2011年に東日本大震災が起きます。消防職員の正吉は人を助けようとして津波に巻き込まれ、行方不明となったのです。

その翌日、原発が爆発して全員避難することになり、正吉を探すことができない状況が何年も続きました。

2014年に避難指示が解除され、砂浜で正吉の手がかりを探しますが、見つかりません。

それでも五郎は必死になって砂を掘り続けますが、純は「もう、あきらめよう」と説得。富良野に連れて帰りました。

2018年、83歳の五郎は癌の疑いで病院に検査入院。ところが、MRIが怖くて途中で逃げ出してしまいます。

2020年、新型コロナウイルス感染の広がり。

札幌で医療廃棄物の処理を担っている、純。福島で看護師として働いている、螢。2人の仕事場はコロナ対応の最前線です。

その一方で、五郎は自身の「最期」を考え始めていました。強く望んでいるのは、「自然に還(かえ)ること」でした。

幻となった、新たな「五郎の物語」

昨年3月、五郎を演じてきた田中邦衛さんが亡くなりました。

主演俳優の不在を承知の上で、新たな「五郎の物語」の構築に挑んだ倉本さんに敬意を表したいと思います。

この新作を、倉本さんはテレビ局に渡しましたが、最終的にドラマ化は実現しませんでした。

もちろん様々な事情が存在したのでしょうが、残念です。

ドラマは時代を映す鏡です。

『北の国から 2021ひとり』が見せてくれるはずだった、この国の「過去20年」と「現在」。

そして、黒板五郎という国民的おやじが選択した「人生の終(しま)い方」。

長年にわたって『北の国から』を見てきた皆さんが、それぞれの想像の中で、この幻の「続編」をオンエアしてもらえたらと思うのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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