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『孤独のグルメ Season9』の松重豊さんは、大人の男のためのヒーロー!

碓井広義メディア文化評論家
(写真:rei125/イメージマート)

9年前、2012年1月にスタートした『孤独のグルメ』(テレビ東京系)。

今回、ついに「Season9」に入りました。すでに局を代表する人気シリーズの一つです。

主人公は、井之頭五郎(松重豊)。個人で輸入雑貨を扱っていますが、五郎の仕事ぶりを描くわけではありません。

商談のために訪れる様々な町。そこに「実在」する食べ物屋で、「架空」の人物である五郎が食事をするだけです。

この「グルメドキュメンタリードラマ」という基本構造は、ずっと変わっていません。

そして、テレビの世界で、いわゆる「食ドラマ」というジャンルを広めて来ただけではありません。「ひとり飯」自体を一種の文化にまでしてしまった。その功績も大きいと思います。

新シーズンの初回で登場したのは、川崎市の宮前平にある「とんかつ しお田」でした。カウンターだけの、決して大きくないお店です。

とんかつ屋さんに入った時、多くの人が直面する悩み。それが、「ロースか、ひれか」の選択でしょう。五郎も例外ではありません。

当初、ロースのつもりだった五郎ですが、居合わせた常連さんが「この店で、ひれかつに目覚めました」と語るのを聞いて、ひれかつに転向しちゃいます。

こういう「食べ物屋さん、あるある」も、このドラマの愉しみだと言えます。

目の前の「ひれかつ御膳」を堪能しつつ、五郎は言います。例によって、心の中の声、インナーボイスです。

がぶりと頬張って、「見た目と違って、これは紳士。いや、紳士というより淑女」。

どんな味だ? と思っていると、続けて「脂身至上主義の俺もひれ伏す、魔性のひれかつ」ときた。

食への好奇心・遊び心・感謝

五郎の言葉には、「ひとり飯のプロ」としての説得力があります。

食への「好奇心」、食に対する「遊び心」、そして食への「感謝の気持ち」。この三拍子がそろっている。

いや、もうすっかり五郎のペースにはまり、一緒に食べている気分です。

この「ひれかつ御膳」だけではおさまらず、五郎は「魚介のクリームコロッケ」も注文。クリームの中を泳ぐタコやイカと遭遇しました。

さらに「エビフライ」にまで食指が伸びる五郎。

本当は3本がセットのところ、五郎に無理がないようにと1本だけ出してくれたのは、お店のご好意です。

このエビフライについてきた、タルタルソースが実に美味そうでした。

ちなみに、この「とんかつ しお田」さん。びっくりしたのは、ご近所の店だったからです。

9年目ともなると、ついに自分が暮らすエリアにも五郎がやって来るのか、と感慨がありました。

知っている店の内部が、違う空間のように見えてくる面白さ。

しかも、放送の翌日、通りかかったのですが、お店の前には、見たことのないほどの「行列」が出来ていました。

恐るべし、『孤独のグルメ』と五郎の力!

「変わらない場所」の安堵と癒し

ドラマもシリーズ化されると、つい以前とは違った要素を加えたくなるものです。

しかし、『孤独のグルメ』の最大の美点は、いくらシーズンを重ねても、何ら変わっていないことにあります。

有為転変、千変万化の時代に、「変わらない場所」があることの安堵と癒し。

松重豊さんの井之頭五郎は、往年の『007』ジェームズ・ボンドや『男はつらいよ』車寅次郎などと並ぶ、大人の男のためのヒーローなのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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