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【 解読『おちょやん』】シズが色香見せた第3週 千代に波乱含みも

碓井広義メディア文化評論家
(写真:grandspy_Images/イメージマート)

11月末から始まった、NHK連続テレビ小説『おちょやん』。少女時代を描いた第1週と第2週が終り、第3週(12月14日~18日)はヒロインを演じる杉咲花さんの本格的スタートとなりました。さて、その加速ぶりは!?

大正13年(1924)秋、芝居茶屋「岡安」での奉公も8年におよび、竹井千代(杉咲花)は17歳になっています。もう一人前の「お茶子さん」でした。

千代の奉公先は「芝居茶屋」です。実は、モデルである浪花千栄子が、実際に奉公したのは「仕出し弁当屋」でした。芝居茶屋に、芝居見物のお客さんたちが食べる弁当を納入する業者さんです。仕出し弁当屋にとって、芝居茶屋は、いわば「お得意さん」でした。

芝居茶屋の奉公人であれば、「芝居小屋」にも出入りできますが、仕出し弁当屋ではそうもいきません。やがて女優を目指すことになる千代が、芝居と出会うためにも、芝居茶屋での奉公という設定が必要だったわけです。

うちの「やりたいこと」て、なんやろ

第3週の見所は2つありました。まず、千代の「自分探し」の始まり。もう一つが「芝居」への目覚めです。

もうすぐ年季が明ける千代に、女将のシズ(篠原涼子)が、「今後のこと」を考えておくようにと言い渡します。これまで生きることで精いっぱいだった千代。将来を思う余裕など、ありませんでした。

「自分が、どないしたいんか、もっとよく考えなはれ。そうせな、後悔する」

この時シズが言った、「後悔しない人生を送りなさい」という意味のアドバイスの背後には、シズ自身の痛切な体験がありました。それは20年前、自分がお茶子修行をしている頃、歌舞伎役者の早川延四郎(片岡松十郎)と出会い、恋に落ちたことです。

お茶子とお客の色恋はご法度であり、ましてやシズはお茶屋の女将になる女性。「一緒に東京へ行こう」と誘われながら、約束の場所に行かなかったのです。

その後、延四郎からは何通もの手紙が届きましたが、シズは一切読まず、そのまま抽斗にしまってありました。

その延四郎が道頓堀で公演をしており、ある夜、縁日でシズと遭遇します。シズは夫の宗助(名倉潤)や娘のみつえ(東野絢香)と一緒でした。

父娘が離れた際、延四郎はシズに近づき、「千秋楽の翌朝、ここ(神社)で待ってる」と告げます。

千代は、延四郎が「最後の手紙」だという封書を預かりますが、シズは破って捨ててしまいました。いつも通りに、翌日の団体客の段取りを仕切るシズ。千代は思い切って、明日は自分たちに任せて、延四郎さんに会いに行って欲しいと頼みます。その理由は・・・

「うちは、御料さん(シズ)に恩返しがしたい。御料さんが延四郎はんに救われたように、8年前、うちは御料さんに救われました。御料さんにとっての延四郎はんが、うちにとっての御料さん。どれだけ大事に思うてはるか、わかります。だから、御料さんに後悔してもらいとうないんどす!」

結局、シズが折れ、皆に団体客のことを頼み、家族の許可も得て、結婚以来初だという「お休み」をもらいます。翌朝、因縁の場所である神社へと向かいました。

石段の下に佇むシズ。美しい映像です。やってくる延四郎。

「20年前のあの日、約束破って、ここに来なかったこと、恨んではりますか」

「あん時、あんたが来いへんかって、ホッとしたんや。私もな、会うて、あんたに別れ話しようと思うてたんや。そやさかい、恨みもなんもない。あんたが負い目を感じることは、なんもあらへんのや」

シズ、くすっと笑って、

「相変わらず、板の上(舞台)以外では、芝居が下手くそやこと」

いいセリフです。

シズは、自分が芝居茶屋の女将になったことを後悔していないと言い、2人は互いに「おおきに」と頭を下げます。「どうぞ、おすこやかに」と去っていくシズ。涙を堪えて、その後ろ姿を見送っている延四郎。

この神社の別れのシーンもそうですが、延四郎をめぐるエピソードの場面になると、篠原さんが何とも美しく、艶っぽい。ずっと自分の中にある恋情を、じっと抑えてきた女性の色香を、まさに抑えた演技と細かな表情で見せてくれました。

しばらくして、シズたちの元に、延四郎が病没したと知らせが届きます。余命のこと、本人は分っていたのでしょう。

シズの独り言・・・

「最後の最後に、すっかり騙されてしもたわ」

さよなら、20年の恋。

「芝居」と「女優」への憧れ

そして、第3週のもう一つの大きな出来事。それは、女優・高城百合子(井川遥)との再会でした。

奉公に上がったばかりの頃、えびす座で高城主演の『人形の家』を盗み見た千代は、彼女の美しさと芝居というものの迫力に圧倒されます。

舞台『人形の家』、そしてヒロインのノラといえば、すぐ思い浮かぶのは、女優の「松井須磨子」ではないでしょうか。

『人形の家』で人気が高まった須磨子が、島村抱月と共に「芸術座」を興したのが大正2年(1913)のこと。レコード化された劇中歌「カチューシャの唄」も大ヒットしました。やがてロシアでも公演を行うなど、大女優への道を歩んでいきます。

ところが大正7年(1918)11月に抱月が病気で亡くなると、須磨子はその後を追って自死してしまいます。翌8年1月のことでした。

ですから、千代が大正13年(1924)秋に再会した高城百合子は、松井須磨子その人ではありません。もう須磨子は亡くなっています。

しかし、百合子の舞台に打ち込む情熱と、『人形の家』のノラに自分を重ねる激しさは、やはり須磨子と重なるのです。

千代と再会した時、百合子は鶴亀株式会社の社長に、舞台女優から映画女優への転身を命じられていました。それに反発して、行方不明になるという行為に出たのです。

岡安の一室に、百合子をかくまった千代。女優をやめようかとも思っていた百合子の前に、『人形の家』の台本を差し出します。

少女時代、えびす座の支配人・熊田(西川忠志)から使い古しの台本をもらい、それで読み書きの練習をしたのでした。千代が覚えていたセリフを口にすると、百合子が咄嗟に応じます。

それが、ちょっとした「掛け合い」となり、やがて百合子の中の女優魂に再び火がつきました。「岡安」を出る時、百合子が千代に言います。

「あなた、そんなにお芝居が好きなら、自分でやってみたら?」

女優への誘いに驚く千代。百合子は、続けて言い切ります。

「一生一回。自分の本当にやりたいこと、やるべきよ!」

去っていく百合子。彼女の言葉は、千代の胸の奥に届いたようです。手にした台本をじっと見つめ、何かを考えていました。

翌日、百合子は、居合わせたチンドン屋さんが演奏する、「カチューシャの唄」を聞きながら道頓堀をゆっくりと歩き、大阪に別れを告げました。東京で映画女優となる決意をしたのです。

波乱含みの「第4週」へ

「自分探し」の始まりと、「芝居」への目覚めの第3週。その終盤で、物語の時間は大正14年(1925)となり、18歳の千代は晴れて年季明けです。

今後も「岡安」でお茶子として働くことになり、無事、次週へと向うのかと思っていると、突然の訪問者。なんと、あの困った父親、竹井テルヲ(トータス松本)でした。

ということは、第4週の開始早々、大きな波乱が待ち構えているようです。大丈夫か、おちょやん!

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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