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『半沢』『わたナギ』『404』だけじゃなかった「夏ドラマ」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

10月に入りました。「半沢ロス」とか「ナギサさんロス」とか言ってるうちに、間もなく「秋ドラマ」が続々とスタートすることになります。

今年の「夏ドラマ」は、終ってみれば『半沢直樹』『わたしの家政夫ナギサさん』『MIU404』と話題作の多くがTBSに集中していました。往年の「ドラマのTBS」の称号がすっかり復活した感があります。

とはいえ、当然のことながら夏ドラマは上記3本だけではありません。いわゆる話題作、人気作などの陰にかくれた「でも面白かったぞ」的ドラマは存在したのでした。

新たなシーズンに突入すれば、前シーズンの産物はすっと忘れられたりします。記録というだけでなく、各作品への感謝も込めて、何本かの「夏ドラマ」について記しておこうと思った次第です。

まずは、「トンデモおやじ」から元気をもらった『親バカ青春白書』(日本テレビ系)です。

主人公は、妻(新垣結衣)を早く亡くした小説家、ガタローこと小比賀太郎(おびか・たろう、ムロツヨシ)。一人娘のさくら(永野芽郁)が可愛くて仕方ないし、心配でたまりません。

大学に入れば「悪い虫」も寄ってくる。ならば「自分が守らないで誰が守る!」とばかりに娘と同じ大学を受験し、一緒に入学してしまうというトンデモ話でした。

さくらは友達の山本寛子(今田美桜)たちとキャンパスライフを楽しみます。しかし、いつでもガタローは監視、いや警護の目を光らせている。

娘が同級生の畠山雅治(中川大志)と接近すれば止めに入り、怪しいサークルのパーティーで襲われそうになれば駆けつけて助け出し、また隣のおばちゃんが「カレシでもできたんじゃない?」とガタローをからかえば、「そんなの私が許しません!」と激怒します。

超が付く「親バカおやじ」の奇人・変人ぶりが成立したのも、演者がムロツヨシさんならばこそ。自分が普通の人間であることを恥じる畠山に向かって、「どんな状況でも普通でいられるヤツが一番すごいんだ」と諭したりするのも笑ってしまいました。

思えば現実社会では、大学の教室で仲間と並んで受ける授業も、学食でのおしゃべりも、いまだ復活にまで至っていません。新型コロナウイルスに加え、猛暑続きで熱中症の心配までしていた未曽有の夏に、笑いで熱波を吹き飛ばしてくれた貴重なドラマです。

次は、玉木宏さんと高橋一生さんによるクライムドラマ『竜の道~二つの顔の復讐者』(関西テレビ制作、フジテレビ系)。

親に捨てられた双子の兄弟が、小さな運送会社を営む夫婦に育てられます。その養父母は大手のキリシマ急便に会社を乗っ取られて自殺。兄弟は社長の霧島源平(遠藤憲一)への復讐を誓いました。これが話の大筋です。

兄の竜一(玉木宏)は自らの死亡を偽装し、整形した上で裏社会とつながっていきます。弟の竜二(高橋一生)は国土交通省の官僚に収まります。

竜一が企業コンサルタントとしてキリシマ急便に入り込み、竜二は霧島の娘・まゆみ(松本まりか)の恋人となる。

見ていて、「なんか昭和だなあ」と思いました。同時に「こういうドラマがあってもいいじゃないか」という気もしたのです。復讐を遂げることが自分たちを滅ぼすことになるかもしれない。しかし理性的にはあり得ない行動に出るのもまた人間です。このあたりの雰囲気がよく出ていました。

とはいえ事がそう簡単に運ぶはずもありません。キリシマ急便からの社長追放は頓挫(とんざ)し、竜二が復讐目的でまゆみに近づいたことも知られてしまいます。

あせる竜一。兄を心配する竜二。さらに、かつて兄弟が養父母の家で一緒に暮らした妹、美佐(松本穂香)をめぐる2人の思いも微妙にすれ違っていきました。

玉木さんと高橋さんの2人が、これまでにない役柄に挑んでいたこと。内なる葛藤を言葉で説明するのではなく、表情や行動で見せていたこと。そして女優陣「W松本」の健闘も見どころでした。真夏の穴場的ドラマとして、すでにちょっと懐かしい1本です。

3本目に挙げるのが、『半沢直樹』と同じ続編という形だった『未解決の女~警視庁文書捜査官』(テレビ朝日系)です。

ヒロインの矢代朋(波瑠)が所属するのは、文書捜査が任務の「特命捜査対策室」第6係。2年前と同じですね。バディーを組む鳴海理沙(鈴木京香)も、室長の古賀(沢村一樹)も、コワモテの草加(遠藤憲一)も変わっていません。

ただ、いつも定時退庁していた財津(高田純次)が退職し、代わりに新係長として京都府警から国木田(谷原章介)が赴任してきました。

前作からの大きな変更がないことは、これまでのファンを安心させます。それは内容面も同様で、過去の事件と新たな事件が結び付けられ、最終的には2つの殺人事件を同時に解決する構造が継承されていました。

たとえば5年前の弁護士殺害事件と日雇い労働者の焼死体。また10年前の大学教授殺害事件と元古書店員の死。

前者は同じ文言のメッセージ、後者では「定家様(ていかよう)」と呼ばれる藤原定家の書風がカギとなりました。このドラマの特色である「文書」を軸とした展開が今回も楽しめたのです。

とはいえ、見る側を飽きさせないための工夫も必要です。いつも鳴海の指示で動く朋が、逆に鳴海をコントロールする場面が登場する回もありました。「定型」の安心感と「定型破り」の意外性。そのバランスが、このドラマの強みです。前後編となっていた最終話も見応えありで、女性版の『相棒』へと、また一歩近づいたのかもしれません。

・・・ということで、これら3本だけでなく、すべての「夏ドラマ」のキャストとスタッフの皆さんに、感謝の気持ちと「おつかれさまでした!」の言葉を贈ります。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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