Yahoo!ニュース

ドラマ『隕石家族』は、コロナ禍の「閉そく感」を少しやわらげてくれる!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

現在、いわゆる「春ドラマ」の目玉みたいな作品が、各局、軒並み放送延期とか、制作中断とか、いや、もはや断念か、なんていう厳しい状況です。

そんな中、かなりぶっ飛んだドラマが、果敢に放送されています。その名も、オトナの土ドラ『隕石家族』(土曜よる11時40分、東海テレビ制作・フジテレビ系)。

「隕石」は硬そうなイメージですが、ドラマは笑える軟らかさに満ちています。

「地球最後の日」までの家族サバイバル

『隕石家族』の設定は、思いっきり気宇壮大です。何しろ、超がつくほど巨大な隕石が地球に向っており、このままだと衝突して、人類が滅亡しちゃうというんですから。

きっちり映像化したら、ハリウッド映画です。『アルマゲドン』や『ディープ・インパクト』に負けないスペクタクル巨編でしょう。

前者の脅威は小惑星で、後者は彗星でした。このドラマでは隕石ですが、「地球を滅ぼす巨大隕石に立ち向かう」といったお話ではありませんし、ブルース・ウイルスたちみたいな掘削チームも出てきません。

物語の主軸となるのは日本の、ごくフツーの「家族」。そう、これって堂々の「ホームドラマ」なのです。

舞台は20XX年の東京。都内の一軒家で暮しているのが門倉一家です。メンバーとしては、会社員でマザコン気味の和彦(キャイ~ン 天野ひろゆき)。その妻である久美子(羽田美智子)。教員をしている長女の美咲(泉里香)。受験生の次女が結月(北香那)。そして和彦の母、正子(松原智恵子)という5人家族です。

朝は食卓を囲んで、みんなでフツーに朝食。和彦が「通勤電車の痴漢が減ってるってさ」と言えば、美咲は「生徒も半分くらいになっちゃって」と返します。結月も「今なら東大に入れるかも」と言い出したり。

非常事態のはずですが、あまり切迫感も悲壮感もなく、ちょっと変わった日常生活といった具合でしょうか。

朝食後、テレビでニュースを見ます。でも、そのテレビは、公共放送ならぬ「国営放送」のみで、しかも朝と夕方しか放送していません。やはり非常時なんですね。

ニュースでは、「今朝の隕石情報」が伝えられます。初回では、アナウンサーが「今日も隕石の進路に変化はありません。地球との距離、10億4960万キロ。あと186日で衝突です」なんて言ってました。

巨大隕石の衝突で地球が滅ぶことが既定路線というか、大前提として市民の間に浸透しているわけで、ニュースを見る側も「ああ、そうなんだねえ」てな感じで、フツーに受けとめている光景が何とも可笑しい。

しかし、そんな「非日常的日常」が一気に崩れる瞬間がやってきます。久美子が突然、「私、好きな人と一緒に暮したいの!」と爆弾宣言。

何でも1年前、隕石のことがわかった頃に、高校時代の憧れの君、テニス部のキャプテンだった片瀬(中村俊介)を探したら、メールでつながったと言うのです。高校生の自分は、思いを打ち明けられなかったけど、今度こそ伝えたいのだと。

「今しかないと思うの。自分の気持ちに正直になりたい! 自分らしく生きるの!」

残り半年くらいで地球滅亡ですもん。その気持ちも分からないではない。でも、家族はボーゼンです。トランクを引っ張って、一人で家を出ていく久美子。

それで、今ごろ言うのもヘンですが、羽田さん演じる久美子こそ、このドラマの主人公なのです。念のため(笑)。

「え~? ホームドラマじゃなくて、不倫ドラマなの?」というビックリな展開。さらなる驚きは、一夜明けたら、久美子が帰ってきちゃったことです。

キャプテンに会ってみたら、髪は薄くてメタボだった。離婚してるって話も嘘だったとかで。「大事なのは家族と気づいた」と手をついて家族に謝謝ったのです。

また和彦もあっさり許してしまい、元のサヤに収まった。と思いきや、久美子のスマホを見た結月は、母が男と別れていないことに気づきます。

母の後をつける結月。2人が親しげにしている様子を目撃しちゃいました。キャプテン、ちっともメタボじゃないし。

生きたいように生きる!

結月は思い出します。母が家族で行ったカラオケで、「好きよキャプテン」を熱唱していたことを。

出ました!「好きよキャプテン」。

1975年のヒット曲です。歌っていたのは、かわいい双子の姉妹、ザ・リリーズ。

「♪ 好きよ好きよ、キャプテン。テニス焼けの笑顔。遠い町へ行って、もう帰らないの・・・」

当時、「胸キュン」という言葉はなかったけれど、15歳の女の子2人が歌う世界は、かなりの胸キュンでした。歌詞は松本隆さん。作曲は森田公一さんです。

というわけで、「(家族を)裏切ったのね」と母に詰め寄る娘。でも、久美子は反省したり、悪びれたりしません。むしろ堂々と主張します。

「一つじゃダメなの。両方欲しいの!」

これまで家族の幸せが自分の幸せと思っていた。自分の人生、それでいいと思ってきた。でも、アレ(巨大隕石)が来てしまった。人類の、そして自分の余命も、約半年。

「これからは自分の生きたいように生きる! 欲しいもの全て、手に入れる。それが家族と純愛なのよ!」

ああ、言っちゃった。家族と純愛の両方を求めて動き出す、妻であり母であるヒロイン! これは大変だ。

しかもですね、夫の和彦が妻にはないしょの鉄道模型マニア(ニックネームは「パノラマさん」)で、偶然知り合った「同好の士」が、なんと、あの片瀬キャプテンだったんです。

意気投合した2人は、パノラマさん、キャプテンと互いを呼び合い、人生相談なんかもしちゃいます。和彦はキャプテンに対して、「その女性(本当は自分の妻なのに)が好きならアタックせよ!」とけしかける始末。こちらも大変だ。

さらに和彦は、キャプテンから「次はアナタの番です」と背中を押され、母・正子の「いいなり」のままに生きてきた、自分の殻を破ろうと決意します。

そして、受験や部活や就職や結婚について、ずっと自分を縛ってきた母への怒りを爆発させる。「くそばばあ! 僕は母さんが嫌いだあ!」って。まあ、結局はこの母と息子は和解して、元通りの日常が戻ってくるのですが。

極限状態でもフツーに生きる家族

現在、久美子の秘密を知っているのは結月と、そのカレシで門倉家に居候している翔太(中尾暢樹)のみ。久美子さん、一体これからどうするんだろう。

キャプテンとパノラマさんの関係も、平和なままではないだろうし、長女の美咲も何やら秘密と葛藤を抱えているらしい。

病気とかで命を失うわけではなく、衝突のその瞬間までは元気でいるわけで、そうなると「やっておきたいことは何か?」と自問したくなる。そして実行したくなるのかもしれません。

これまでとは違う生活を欲するのでしょうか。どこへ逃げても同じはずなのに、東京を脱出というか疎開して、どこかで静かに暮したいという人たちも出てきます。

逆に、渋谷などには、ヤケのように乱暴狼藉をはたらく、「凶悪ピエロ集団」なる若者グループも出現します。

門倉一家は、和彦の「その日まで家族一緒に変らない生活をしよう」という方針でやってきました。今も表面的には、そうです。

しかし、ヒロインである久美子さんの爆走が始まってしまいました。

巨大隕石は着実に接近しています。先週は、地球滅亡まで、もう133日しかなかった。さあ、どうする? どうなる? 隕石家族。

毎回、誰かの「衝撃の告白」という爆弾がさく裂する物語の脚本は、大河ドラマ『天地人』『花燃ゆ』なども手掛けてきた、小松江里子さん。極限状態でもフツーに生きるこの家族が、長びくコロナ禍の「閉そく感」を、少しだけやわらげてくれます。

番組サイトより
番組サイトより
メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事