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「バカ枠」がテレビと社会を面白くする!? 北海道発の熱いドラマ『チャンネルはそのまま!』

碓井広義メディア文化評論家
ホシテレビの新人たち(写真提供=HTB)

北海道テレビ(以下、HTB)は、札幌にあるテレビ朝日系列の放送局です。そのHTBが郊外の南平岸の高台から、都心の「さっぽろ創生スクエア」へと移転したのは昨年9月のことでした。

“旧社屋”をロケセットとして使ってHTBが制作していた、開局50周年記念ドラマ『チャンネルはそのまま!』が完成。いよいよ3月18日(月)から22日(金)まで、5夜にわたってオンエアされると聞き、楽しみにしていました。

いや、していたのですが、このドラマ、いわゆる「上りネット」の全国放送じゃなかった。当然、テレビ朝日でも流れませんから、関東にいる私は見ることができない。

と思っていたら、そこは今どきの有難さ。Netflix(ネットフリックス)で先行配信が行われていました。

ドラマを動かす「バカのチカラ」

ドラマ『チャンネルはそのまま!』全5話の内容を、ひとことで言うなら、北海道のローカルテレビ局「HHTV北海道★(ホシ)テレビ」に入った、破天荒な新人女性記者・雪丸花子(芳根京子)の奮闘記ってことになります。

そういう意味では、テレビ局が舞台の「お仕事ドラマ」と呼べるかもしれません。しかし、イメージしやすく、これまでにドラマにもなったアナウンサーだけでなく、花子が所属する報道部、編成部、営業部、技術部といった、外部からは見えづらい部署の人たちも丁寧に描かれていくのが特徴です。

花子は、いわば強烈な狂言回しというか、効き目のある触媒というか、彼女によって、それまでなんとなく「ローカルって、こんなもんだよね~」という気分で沈滞していたホシテレビが、じわじわと活性化していくのです。

じゃあ、「花子はとてつもなく優秀なスーパーテレビウーマンなのか?」「一体どんな力があるんだ?」と思いますよね。

ところが、逆なんです。優秀の逆で、ドジな劣等生。どう考えても、テレビ局の採用試験という難関を突破できるはずのない就活生でした。

では、なぜ入社できたのか。採用に際して、ホシテレビが設けているという「バカ枠」のおかげです。いいですねえ、バカ枠。優秀な連中だけでは、全体が小さくまとまってしまう。そこに異種としてのバカ(「おバカ」ではない)を混入させることで、予測できない化学反応が起きるかもしれない。

このドラマは、ローカルテレビ局という組織と人が、「バカのチカラ」によって思わぬ変貌を遂げていく物語なのです。

ちなみに、ホシテレビでは「バカ枠」と同時に、バカをサポートする「バカ係」も採用しています。ドラマの中では、花子と同じ報道部に配属された出来のいい新人、山根(飯島寛騎・男劇団 青山表参道X)が、それに当たります。

事件は「放送の現場」で起きている!

第1話は、ドジと失敗ばかりなのに応援したくなる花子のキャラクターと、テレビの仕事を知っていく時間です。続く第2話で、カリスマ農業技術者にして農業NPOの代表でもある蒲原(大泉洋、快演!)が登場したあたりから、物語はぐんぐん加速していきます。

また、局内の2人の人物を通じて、テレビとローカル局の現状を垣間見ることができるのも、このドラマの醍醐味でしょう。

キー局から送り込まれた編成局長、城ケ崎(斎藤護)が部下たちに言い放ちます。「いいか! キー局では視聴率がすべての基準。数字がすべてだ!」

一方、いかにも生え抜きの情報部長、ヒゲ面にアロハシャツの小倉(藤村忠寿・HTB「水曜どうでしょう」ディレクターにして、本作の監督)は、こんなことを言う男です。「報道部で必要なのは5W1H。情報部に必要なのは5W1H+L。ラブだよ」

演者としての藤村さん、すごくいい役。しかも存在感ありすぎ(笑)。

さらに、ホシテレビよりも強大で、視聴率でも断然リードしている「ひぐまテレビ」(さあ、モデルは札幌のどの局でしょう? 笑)には、ホシテレビを目の敵にしている剛腕情報部長の鹿取(安田顕)もいます。ローカルにはローカルの熾烈な戦いがあることを、安田さんが『下町ロケット』などで鍛えた凄味のある演技で伝えてくれます。

果敢な挑戦、壮大な実験を目撃する

今回、ヒロインを演じている芳根京子さん。昨年の『高嶺の花』で、石原さとみさんの妹役でひと皮むけた進化を遂げましたが、このドラマではコメディエンヌとしての才能をフル稼働させています。

ドジかもしれないけど、一所懸命。周囲が見えなくなってしまうほど、他者の気持ちに寄り添う。迷惑ばかりかけるけど、何かの「きっかけ」を生み出す。「バカのチカラ」炸裂の花子です。テレビ局だけでなく、社会の中に、こういうバカが増えてくれたらいいなあ、と思わせてくれる。

ローカルドラマなどと侮ってはいけません。主演の芳根さん、脇を固めた大泉さんをはじめとするTEAM NACS(チーム・ナックス)の面々、オクラホマなど北海道のタレントさんや役者さんたち、そして作り手であると同時にキャストでもあるHTBの皆さんの総合力によって出来上がったこのドラマ、笑いながら最終話まで見ていくと、いつの間にか、とんでもない領域まで連れていかれたような快感があるのです。

放送という電波だけが視聴者とつながる回路ではない時代。アウトプットの方法が多様化した時代。東京の局だろうが、地方の局だろうが、面白いコンテンツを創造できるかどうかが生命線となります。

またこのドラマは、ときにはオールドメディアとか言われたりもするテレビが持つ、「どっこい、ナメんなよ!」というポテンシャル(可能性としてのチカラ)も示してくれていると思うのです。別の言い方をすれば、物語の中に「テレビだからこそ」「テレビならでは」の魅力の再発見があります。

今回のHTBの果敢な挑戦、もしくは壮大な実験には、これからの生き残りを模索している、全国のローカル局も注目しているはずです。視聴者として、この取り組みを“目撃”しておくのも悪くありません。

原作は佐々木倫子さんの同名漫画で、脚本は森ハヤシさん。監督はキャストでもある藤村忠寿さんを筆頭に4名。総監督を『踊る大捜査線』シリーズの本広克行さんが務めています。

札幌市・南平岸のHTB旧社屋(筆者撮影)
札幌市・南平岸のHTB旧社屋(筆者撮影)
メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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