Yahoo!ニュース

NHK朝ドラ『まんぷく』の第一印象は、「半分、怖い。」!?

碓井広義メディア文化評論家
日清食品創業者・安藤百福氏(カップヌードルミュージアム) 筆者撮影

NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)の第99作『まんぷく』が始まりました。ついさっきも、ある週刊誌から「第一印象」を聞かれたところです。それに対して、「期待半分、不安半分。いや、朝ドラだから、半分、怖い。ですね」と答えました。30分ほど、お話しましたが、引用されるのは数行だと思いますので(笑)、以下に全体を記しておきます。

世界レベルの女優、安藤サクラさん

すでに周知されているように、安藤サクラさんが演じるヒロイン・福子のモデルは、「日清食品」の創業者・安藤百福(あんどうももふく)の妻、仁子(まさこ)です。百福はチキンラーメン、つまり「インスタントラーメン」を発明した人物であり、ドラマの中では「たちばな工房」の立花萬平(長谷川博己)となっています。

物語は昭和13年からスタートしており、女学校を卒業した福子は、ホテルに電話交換手として就職したばかりです。現在のところ、視聴者に親近感をもってもらおうという演出上の狙いなのか、福子はなんだかトロくてドジな交換手になっちゃってますが(笑)、モデルである仁子が実際に就職したのは京都の都ホテルであり、半端な仕事は通用しませんでした。

32歳の安藤さんが18歳の福子になり切っているのは、さすが演技派女優の面目躍如と言うべきですが、その明るすぎて、高すぎるテンションは、朝からちょっと鬱陶しくないだろうか、と心配しています。

安藤さんは、ただそこにいるだけで、「何かが起きるのではないか」と思わせてくれる、不穏な空気を現出させることができる貴重な女優さんです。

何を考えているのかわからない女性。何をしでかすか予測もつかない、危うげな女性。深い沼に生息しているかのような重くて暗いキャラクターの女性を演じさせたら、それこそ世界レベルの女優さんなのです。

私もドラマを制作してきたので、作品の内容によっては安藤さんが必須のキャストになること、よくわかります。映画『万引き家族』が、安藤さん抜きでは成立しなかったように。

そんな安藤さんが、今回、「朝ドラ」という舞台に合わせて、かなり無理をしているように見えてしまう。違和感と言うとオーバーですが、この「場」に安藤さんがいることが、どこか不自然に感じてしまう。これが「半分、怖い。」の正体の半分です。

まあ、安藤さん自身も、そんなことは十分意識しているのではないでしょうか。それを打ち消す、もしくは補うための、あの笑顔と明るさの「異様なハイテンション」ではないかと推測しました。効果のほどはともかくとして。

少なくとも、立ち上がり段階では、そんな印象が強いんですね。でも、徐々にトーンも落ち着いていくんだろうなあ、と思っています。何しろ天才的な女優さんですから。

実は、今回の『まんぷく』の立ち上がりを見ていて感じたのは、朝ドラのパターンの1つである、子役が活躍する「幼少時代」の価値でした。

視聴者は、この幼少時代を通じて、ヒロインのキャラクターがどんなふうに形成されていったのかを理解します。また彼女の成長と共に、ヒロインにもキャラクターにもなじんでいきます。

大人の主演女優が登場してきた際、彼女がどんなキャラクターであっても、視聴者はショックを受けません。登場した「その時点」までの彼女を知っているからです。

今回は、いきなり安藤さんが演じる、あの「18歳の福子」です。福子の「個性」の、よってきたるところを知らないので、出会いがしらの“怒涛の寄り”(笑)、演技過剰みたいに感じるのかもしれません。

朝ドラの「実録路線」

さて、「半分、怖い。」のもう半分です。

ご存知のように、漫画家・水木しげるの妻、武良布枝(むらぬのえ)がモデルだった『ゲゲゲの女房』以降、朝ドラでは「実在の人物」をモデルにした作品が多く作られてきました。

私は朝ドラの「実録路線」と呼んでいますが、『カーネーション』(デザイナーのコシノ3姉妹の母・小篠綾子)、『花子とアン』(翻訳家・村岡花子)、そして『あさが来た』(実業家・広岡浅子)などですね。いずれも、なかなかの秀作でした。

大正生まれの仁子は、希代の起業家である百福を徹底的に支え続けた女性です。ただし、仁子自身は翻訳家でも、女性実業家でも、ましてや発明家でもありません。肝っ玉かあさんタイプの普通の主婦です。伝記などによれば、「(何があっても)クジラのように物事をすべて呑み込んでしまいなさい」という母の教えを、終生守り続けたそうです。

こうした、誰かを「裏で支えた人物」を、ドラマの主人公として成立させるのは結構難しいことです。まさに制作陣の腕の見せ所でしょう。

また、実在の人物がモデルであることが、必ずしも良い結果につながるわけではないという事実も認識しておく必要があります。過去の人とはいえ、何しろ「実在の人物」ですから、その遺族、関係者、関係組織(会社)など、さまざまな“しがらみ”が、制約をかけないまでも、良くも悪くもドラマの中身に注目しています。

その辺りに気をつかってしまうのか、忖度してしまうのか(笑)、はたまた事実や現実に縛られてしまうのか、実録路線の朝ドラの場合、物語の幅や奥行きが狭まってしまうことがあるんです。

その残念な例としては、アパレルメーカー「ファミリア」を興した一人である坂野惇子がモデルだった『べっぴんさん』。「吉本興業」創業者の吉本せいを取り上げた『わろてんか』などが挙げられます。ヒロインの人物像は曖昧模糊(あいまいもこ)としており、そして物語自体も、どこか隔靴掻痒(かっかそうよう)というか、跳ねなかった(笑)。

とはいえ、『まんぷく』の脚本は、大河ドラマ『龍馬伝』も手がけてきた福田靖さんです。安藤サクラさんも長谷川博己さんも、演技については折り紙つきです。「半分、不安。」も、「半分、怖い。」も、見事に吹き飛ばしてくれるに違いありません。

参考になるのは、ヒロインの位置づけや構造が似ている『ゲゲゲの女房』でしょうか。ヒロインを無理に単独の主人公扱いしないで、長谷川博己さんの親和力も大いに活用し、堂々の「夫婦物語」として視聴者の共感を得ていく。ゲゲゲならぬ、「インスタントラーメンの女房」の方向です。

そして、ナレーションの芦田愛菜さん

そうそう、ナレーションの芦田愛菜さん、いいですねえ。爽やかな朝、という感じがします。

先日、このナレーター起用について、やはり週刊誌の取材を受けました。

「サクラさんは、キャラクター性が非常に高く、画面に出たときの強烈なオーラがある女優さん。そのオーラをいい意味で中和させてくれる、視聴者とドラマのインターフェースのような役割も(愛菜ちゃんは)果たすのではないでしょうか」

そう話すのは、上智大学の碓井広義教授(メディア文化論)。碓井教授は、芦田と日清食品との奇縁について、こう続ける。

「2011年から、日清の『チキンラーメン』のCMに出演していました。ひよこの着ぐるみのかわいらしい姿が好評でしたが、今年はチキンラーメン誕生60周年。しかも、そのCMキャラ『ひよこちゃん』は、ひよこの世界と人間界をつなぐ存在でもあった。まさにドラマの世界と視聴者をつなぐ存在の語りと同じ。この二重、三重のリンクに、すごいな、NHK大阪放送局と感じました」

日清だけでなく、NHKとの縁も深い。

「11年の『江』で大河ドラマに出演、同年には『マル・マル・モリ・モリ!』で、『紅白歌合戦』にも鈴木福くんと一緒に出ました。14歳にして、NHKの3大看板番組を経験した女優さんになったとも言えます」(碓井教授)

【週刊朝日  2018年9月28日号】

この『まんぷく』、間違っても「チキンラーメン誕生60周年」という企業イベントの一環と思われたりしないよう、ポスト平成時代を生きる視聴者に、新たな女性像や家族像を提示してくれる、刺激的な朝ドラであることを期待しています。

安藤百福氏と(カップヌードルミュージアム)筆者撮影
安藤百福氏と(カップヌードルミュージアム)筆者撮影
メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事