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地方発ドキュメンタリーの秀作だった、北海道テレビ『聞こえない声』

碓井広義メディア文化評論家
(ペイレスイメージズ/アフロ)

テレビ局が行っているのは基本的に「地域放送」です。TBSや日本テレビも、本来は関東エリアの「地方局」になります。その電波が直接大阪や福岡まで飛んでいるわけではありません。ふだんはネットワークによる系列局を通じて「全国放送」を行っているんですね。

地方局はキー局から届く全国ネットの番組だけでなく、自社制作番組も流しています。中には興味深い番組もあるのですが、その地域以外の視聴者の目に触れることはあまりありません。

今回は、そんな地方発ドキュメンタリーの中から秀作を1本、紹介したいと思います。

『聞こえない声~アイヌ遺骨問題 もう一つの150年~』

4月23日の深夜午前1時20分から、北海道内で、HTBノンフィクション『聞こえない声~アイヌ遺骨問題 もう一つの150年~』(テレビ朝日系の北海道テレビ)が放送されました。

アイヌ民族の遺骨問題と現在まで続く差別をテーマにしたドキュメンタリーです。撮影・演出は、札幌にある制作会社「アウンビジョン」代表の藤島保志ディレクター(以下、藤島D)でした。

明治以降、大学の研究者などがアイヌ民族の墓地を掘り起こすなどして収集した、いわゆるアイヌ遺骨。全国12大学で保管されてきた遺骨は1600体以上(14年、内閣府調べ)にもなります。

そのうちの1000体が放置されていた北海道大学に対して、子孫たちは長年、返還を求めて提訴してきました。一部は和解の成立で戻されたりしましたが、頭蓋骨と手足が揃わないものも多いのです。

番組には道内各地に暮らすアイヌの人たちが多数登場し、遺骨問題や差別について率直に語っていました。

「アイヌの魂がさまよっていて神の国に行けない」(旭川・川村兼一さん)。

「北大は嘘ばっかり言うんだわ、嘘ばっかりだ」(浦河・小川隆吉さん)。

「とりあえず掘ったところに還せやって、それだけだ」(静内・葛野次雄さん)。

「遺骨には尊厳がある。自分のじいちゃん、ばあちゃんの墓を外国人が来てあばいたら、どういう気持ちになるか」(平取・萱野志朗さん)。

「自然を望んでいる私たちに自然をください。そして一緒に遊ぼうじゃないか。分け合って喜びたい。そのゆとりをください」(浦河・宇梶静江さん)。

これだけの方々が一つのテレビ番組の中で証言していることに驚きます。なぜならアイヌの人たちも決して一枚岩ではありません。遺骨問題についての考え方や対応にも差異があるからです。これらの証言は、10年以上も手弁当で取材を続けてきた藤島Dへの信頼感が語らせていると言っていいと思います。

一方、藤島Dは北大だけでなく、200体の遺骨を保管する東大、さらに国に対しても「今後、アイヌ民族の遺骨をどうするのか」と何度も取材を申し込んできました。しかし「ナーバスな問題だから」と一切拒否され続けます。マイクを向けられた内閣官房アイヌ総合政策室の担当参事官が、無言のまま逃げるように立ち去る姿が象徴的でした。

この番組の特色は、遺骨や差別の問題をアイヌの人たちの目線で描いていることでしょう。ニュース報道と違って、ドキュメンタリーには署名性があります。制作者の「私はこう見る」という意思がそこにあっていいのです。

藤島Dは敢えてアイヌ民族の側に立つことで、私たちに「聞こえない声」、いや、私たちが「聞こうとしない声」に、耳を傾けるよう促しているのです。どんなことも、知らないままでは、何も考えられないからです。アイヌ遺骨問題が内包しているのは、北海道という地域に限定される課題ではありません。

最後に、まさに「ナーバスな問題」を扱った番組を放送した北海道テレビに敬意を表すると共に、できればこの秀作をテレビ朝日と交渉して全国放送、それが無理なら深夜の1時すぎではなく、もう少し視聴しやすい時間帯での再放送をお願いしたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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