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『やすらぎの郷』から『やすらぎの刻(とき)~道』へ 倉本聰の挑戦は続く!

碓井広義メディア文化評論家
新作に挑む倉本聰さん(2018年1月、筆者撮影)

『やすらぎの刻~道』は、いわば「昼の大河ドラマ」

1月23日、テレビ朝日が開局60周年記念番組『やすらぎの刻(とき)~道』の制作を発表しました。

物語は「やすらぎの郷」のシーンから始まり、石坂浩二が演じる脚本家が発表する当てのないシナリオを書き始める。山梨を舞台に昭和の戦中、戦後、平成を生きた無名の夫婦の生涯を描く。主役となる夫婦の妻を清野菜名(23)、八千草薫(87)がリレーで演じることが決定している。

出典:日刊スポーツ 2018年1月23日

しかも、「帯ドラマ劇場(シアター)」(月~金曜、午後0時半~)を2018年度はお休みにして、19年度に一年間にわたって放送するというのです。半年間だった『やすらぎの郷』がテレ朝版の「昼の連続テレビ小説」なら、『やすらぎの刻~道』は「昼の大河ドラマ」であり、画期的なことです。

タイトルは、昨年4~9月に放送された『やすらぎの郷』の続編を思わせますが、これは単純な意味での続編ではありません。

もちろん、あの老人ホーム「やすらぎの郷」に暮らす面々の“その後”も楽しみですが、この記事の中にある、「発表する当てのないシナリオ」のドラマ(映像)化が、『やすらぎの刻~道』の大きな見どころでしょう。

主人公である菊村栄(石坂)には、書き手である倉本聰さんが強く投影されています。昭和10年に生まれ、10歳で敗戦を迎え、戦後から平成の現在までを生き抜いてきたのは、まぎれもない倉本さん自身です。その倉本さんが、菊村を通じて「激動の昭和」を、それも「庶民(市民)の昭和」を、この「シナリオ」で描くわけです。

倉本聰本人に聞いた、『やすらぎの刻~道』

先日、倉本さんにお会いした際、この新作についてもうかがいました。特に、菊村が書いているという脚本について質問すると、「これは菊村の頭の中の、いわば脳内ドラマ」だとおっしゃっていました。

ドラマの中では、菊村の脚本を映像として見ることになるのですが、これは「いわゆる劇中劇ではないんです」と、きっぱり。

その通りだと思います。「劇中劇」は、文字通り劇の中に挿入される別の劇のことを指しますが、あくまでも、登場人物によって劇中で演じられるものです。

しかし、『やすらぎの刻~道』では、菊村が書くドラマであっても、菊村たちが登場する菊村たちの物語ではないのです。ドラマの中の脚本家が書いた、まったく別のドラマです。

視聴者は、『やすらぎの郷』の続編として楽しむと同時に、もう1本、骨太な「昭和ドラマ」を堪能できることになります。また、その昭和ドラマの展開は、書いている菊村本人にも見通せないという構造も、実に野心的です。

ドラマは、人間を描くこと

現在、半世紀以上にもおよぶ「倉本ドラマ」について、ご本人から直接話を聞く、「オーラル・ヒストリー」の取り組みを進めています。その中で、最近のドラマ脚本全般について、次のように語っていました。

碓井  (倉本)先生の憤りを感じたのが、シナリオについての指摘。(「やすらぎの郷」の)第63回で、「今のホン屋(脚本家)は人を書くことより筋を書くことが大事だと勘違いしている。視聴者は筋より人間を描くことを求めているんだけどな」と、菊村(石坂浩二)に言わせています。これは実感ですか。

倉本  実感ですね。筋と呼ばれる、いわば、おおまかな展開から描いてしまうと、人のことを考えていないから、化学反応が期待できない。

碓井  登場人物たちによる化学反応ですか。

倉本  AとBが出会った瞬間からしか考えないで、とりあえず、都合よく出会わせてしまえっていうね。役者でたとえるなら……最近の役者の名前知らねえからな。ええっと、昔の役者でいえば、ショーケン(萩原健一)と桃井かおりが出会うのと、草刈正雄と大原麗子が出会うのでは、役者同士だけ見ても違うと思うんですね。そこにおのおののキャラクターを考え、ぶつけ合った時にどんな出会いになるのか、化学反応が起きるのか。そこを考えるのがドラマ作りの中で一番面白い。まさにドラマ作りの醍醐味でもあるって僕は思っているんですけれど。そういう脚本家、今はどれだけいるんでしょうか。

出典:日刊ゲンダイ連載「倉本聰 ドラマへの遺言」 2018年1月23日

2019年春に登場する『やすらぎの刻~道』では、どんな人物たちの、どのような化学反応を見せてもらえるのか。大いに楽しみです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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