Yahoo!ニュース

2017年、CMが映し出したヒロインたち(下半期編)

碓井広義メディア文化評論家
2017年歳末の風景 東京・日比谷(筆者撮影)

テレビ番組もさることながら、1年間に流されるCMの数は膨大なものになります。そんな中から、今年印象に残ったCMとヒロインたちを記録しておこうと思います。今回は今年の「下半期」編になります。

<広瀬すずさん>

大塚製薬 「ファイブミニ 恋よりセンイ。」

是枝裕和監督の『海街diary』が公開されたのは2015年6月。撮影当時16歳の広瀬すずさんが演じた、綾瀬はるかさんや長澤まさみさんの“腹違いの妹”が鮮烈でした。今年の春、高校を卒業したすずさんをヒロインにして、是枝監督が撮ったのがファイブミニのCMです。

故郷である静岡の友達と携帯電話で話しながら、自分の部屋に入ってきたすずさん。どうやら仕事が忙しくて、卒業式にも出られなかったらしい。

ふと鏡の中の自分を見ます。そこに映っているのは「素の広瀬すず」か、それとも「女優の広瀬すず」か。是枝監督ならではのドキュメンタリータッチの演出が際立ちます。

すずさんが部屋からベランダに出る。見えるのは東京スカイツリーではなく、どこか懐かしい東京タワーです。飲みかけのボトルをかざし、並べてみる。

タワーとボトル。ちょっと似た色です。見つめるすずさんの横顔が美しい。何かしら覚悟を決めた女性の表情です。もしかして恋より仕事? いえ、恋よりセンイだそうです。 

<有村架純さん>

WOWOW 「出会い」

駅のホーム。5つ並んだ椅子の両端に、若い男女(柳楽優弥さんと有村架純さん)が腰かけています。ただし、2人の離れ具合からすると、恋人などではなさそうです。

突然、男が「幸せなら手をたたこう」のメロディで、「♪フフフフン(鼻歌)に入ろかな。やっぱり、やめよかな」と歌い出しました。しばらく聴いていた女は、「すみません、そのフフフフンって何ですか?」と怪訝な表情で訊ねます。確かに「フフフフン」の部分は気になるのですが、彼女もちょっと変わってますよね。

すると男は、「逆になんだと思う?」と聞き返し、「俺にも分からないんだよ」と真顔で言います。こちらも相当変わっている(笑)。“とらえどころのない若者”を演じさせたら抜群の柳楽さん、まさに面目躍如です。

2人が待つ列車はまだ来ません。いや、本当に列車が来るのかどうかも分からない。今日は来ないが、明日は来るのかもしれない。まるで不条理劇の一場面を見ているようです。

そして閑話休題。今も「ひよっこロス」の皆さんは、大晦日のNHK「紅白歌合戦」に紅組司会者として登場する谷田部みね子、いえ有村架純さんを待ちましょう。

<湯川玲菜さん>

ハウス食品 「クリームシチューのライバル宣言」

舞台は夕暮れの校舎です。屋上に一人の女子高生(湯川玲菜さん)が現れます。しかも真剣な表情で、「皆さん、聞いて下さい!」と呼びかける。

演劇部に優れた仲間がいます。いつも圧倒されてきました。才能の差だと思っていました。でも、本当は努力の差だったのです。だから背中を追いかけるのは、もうやめる。これからは憧れの存在ではなく、ライバルだと決めた。つまり堂々の「ライバル宣言」です。

まるで青春ドラマのワンシーンのようですが、そうではありません。「あなたを超えて冬の主役になってみせる」と叫ぶ彼女、実は“クリームシチュー”だったのです。

そしてライバルは、なんと“お鍋”。冬の人気料理ナンバーワンの座を目指す野心作です。「擬人化」という手法のCMは珍しくありませんが、その徹底した作り込みに拍手です。

湯川さんは、秋元康さんが主宰する「劇団4ドル50セント」のメンバー。先行する“お鍋”たちを震撼させる、強力なライバルに成長しそうな新星です。

<上白石萌歌さん>

キリン午後の紅茶 「あいたいって、あたためたいだ。17冬」

冬の夕暮れ、都会にいる人のことが気になります。ビル街を吹き抜ける風の冷たさは格別ですもんね。

本当は一緒にいたいけど、それは出来ない。遠くにいる人を「あたためたてあげたい」と思うばかりです。見上げれば満天の星。その人もまた、星の見えない都会の夜空を見つめているかもしれません。

上白石萌歌さん(「君の名は。」「陸王」の上白石萌音さんは姉)と井之脇海さんが若い恋人同士を演じているシリーズCM。この新作では井之脇さんが都会へと旅立ち、萌歌さんは地元に残っています。

松本隆さんが作詞して、太田裕美さんが歌った「木綿のハンカチーフ」(1975年)を思わせるシチュエーション。徐々に都会の色に染まっていく彼と、別れを予感しながらも彼を気遣う彼女の対比が切なくて、今も忘れられない1曲です。

物語の舞台は熊本県南阿蘇村で、南阿蘇鉄道の見晴台駅もおなじみの場所です。萌歌さんが歩きながら歌うのは、スピッツの「楓」(98年)。この娘には悲しい別れが訪れないように、と祈りたくなります。温かい紅茶が、2人をつないでくれるといいね。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事