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あと数回となった“幸福な一人飯” 「孤独のグルメ」を味わい尽くしたい!?

碓井広義メディア文化評論家

今年上半期のテレビ界、あちこちで“食ドラマ”を目にしました。「ホクサイと飯さえあれば」(TBS系)、 「野武士のグルメ」(ネットフリックス)、 「ワカコ酒」(BSジャパン )、「幕末グルメ ブシメシ!」(NHK)などです。

しかし個人的には、あと数回を残すのみとなった「孤独のグルメ Season6」(テレビ東京系)が、最もフィットする食ドラマです。

定番の味「孤独のグルメ」

開始から5年。「孤独のグルメ」はシリーズも6を数え、すっかり深夜の人気定食、いえ人気の定番となりました。

何がいいかと言えば、「変わらないこと」ですね(笑)。主人公の井之頭五郎(松重豊)が、出かけた先の町で早々に仕事を済ませ、食べもの屋に入るというパターンは、ずっと変わっていません。

今期も、新宿は淀橋市場の豚バラ生姜焼き定食を、世田谷区太子堂の回転寿司を、また千葉県富津のアジフライ定食を、どれもうまそうに食べています。しかも、このドラマの名物である五郎のモノローグというか、心の中の声がよりパワーアップしているのです。

たとえば渋谷道玄坂の「長崎飯店」。皿うどんに入っていた、たくさんのイカやアサリに、五郎は心の中で「皿の中の有明海は、豊漁だあ~」と感激です。また春巻きのパリパリした食感について、「口の中で、スプリングトルネードが巻き起こる」と熱い実況中継を展開します。

さらに追加注文の特上ちゃんぽんに、長崎ソースをドバドバかけて食べながら、「胃ぶくろの中が『長崎くんち』だ。麺が蛇踊りし、特上の具材が舞い、スープが盛り上げる。最高のちゃんぽん祭りだ!」と、驚いちゃうほどの大絶賛です。

もしもこれを情報番組などで、若手の食リポーターが語っていたら噴飯ものでしょう。きっと「オーバーなこと言ってんじゃないよ!」と笑われてしまいます。

しかし、我らが五郎の言葉には、“一人飯(ひとりめし)のプロ”としての説得力があります。「食への好奇心」、「食への感謝の気持ち」、そして「食に対する遊び心」の3つが、過去のシリーズ以上に“増量”されているからです。

最近の「食ドラマ」

そういえば、「孤独のグルメ」をはじめ、最近の食ドラマは主役1人で成立させているものが多いですね。

かつて「一人飯」は「ぼっち飯」などとも言われ、マイナスイメージが強かった。でも、いまどきは未婚や晩婚に加え、離婚も増えたりして、個の自由を大切にする考えが広まり、「一人飯」が共感を呼ぶようになったのではないでしょうか。

しかも、最近の食ドラマに出てくるのは、高級店や高級食材ではなく、普通の食堂や食材が中心です。デフレが日常化する中で、無理をしなくても手が届く幸せを、じんわりと肯定してくれているのです。

あと数回の幸福な一人飯「孤独のグルメ」。その“定番の味”を、まさに味わい尽くしたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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