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大谷翔平の「21敬遠四球」は自己最多。エンジェルスの最多記録は大谷でもマイク・トラウトでもなく

宇根夏樹ベースボール・ライター
大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)Sep 2, 2023(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 9月2日、オークランド・アスレティックスのマーク・コッツェイ監督は、2対1の5回表、1死二塁の場面で、大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)を歩かせた。

 さらに、同じスコアの9回表、2死三塁の場面でも、大谷との勝負を避けた。

 アスレティックスの投手は、次打者のブランドン・ドゥルーリーを、それぞれ、5-4-3の併殺打とセンター・フライに討ち取った。

 大谷の敬遠四球は、シーズン全体で21となった。2年前に記録した自己最多に並び、上回った。

 今シーズン、エンジェルスを除く29チーム中27チームの敬遠四球は、大谷よりも少ない。選手では2番目に多い、ホゼ・ラミレス(クリーブランド・ガーディアンズ)の18敬遠四球も、ガーディアンズを除く29チーム中23チームを上回るが、2年前、大谷より敬遠四球が少なかったのは、29チーム中12チームだった。

 ただ、大谷の21敬遠四球は、エンジェルスのトップ3に入っていない。

 トップ3は、28敬遠四球のブラディミール・ゲレーロ(2007年)と26敬遠四球のゲレーロ(2005年)に、25敬遠四球のゲレーロ(2006年)とマイク・トラウト(2018年)だ。

筆者作成
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 ゲレーロが3年続けて20敬遠四球以上を記録した当時、エンジェルスは弱くなかった。2005年と2007年は地区を制し、その間の2006年はポストシーズンに進めなかったものの、現行のフォーマットを当てはめると、ワイルドカードの3番手に位置する。

 2002~09年の8シーズンに、エンジェルスはポストシーズンに6度進出した。その1度目の2002年は、初のワールドシリーズ優勝を飾った。

 2010年以降のポストシーズン進出は、地区優勝の2014年のみ。この年のポストシーズンは、0勝3敗だった。エンジェルスがポストシーズンの試合で勝ったのは、2009年が最後だ。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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