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小泉法務大臣「検事総長に対する指揮権」自体を否定する“驚くべき答弁”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
小泉龍司法務大臣(写真:つのだよしお/アフロ)

昨年12月19日、東京地検特捜部が、自民党「政治資金パーティー裏金事件」で、政治資金規正法違反の疑いで強制捜査に乗り出し、安倍派(清和政策研究会)と二階派(志帥会)の事務所を捜索した時点で、二階派に所属する小泉龍司法務大臣は、

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

として、20日、二階派に退会届を提出して受理され、派閥を離脱した。

その時に出した記事【指揮権に対応できない小泉法務大臣は速やかに辞任し、後任は民間閣僚任命を】でも述べたように、検察庁法14条の「法務大臣の指揮権」というのは、検察と法務省との関係に関する規定であり、法務省は、検察官の権限行使について報告を受け、監督する立場にある。一定の範囲の特異・重大事件については、「三長官報告」が行われ、事件の内容・捜査の方針等についても知り得る。その報告に基づいて14条但し書の「検事総長に対する指揮」を行うことも可能である。

第十四条 法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。

今回の政治資金パーティー裏金問題についても、遅くとも安倍派・二階派の事務所に対する強制捜査着手までには「三長官報告」が行われ、基本的な捜査方針等についても知り得る立場にある小泉氏が、二階派も捜査の対象となっている現状において法務大臣の職を継続することには問題があった。

しかし、小泉氏は、二階派を離脱しただけで、法務大臣の職にとどまり、岸田文雄首相も、そのまま、小泉氏を解任することもせず、現在も、法務大臣の職にとどまっている。

小泉法務大臣の参議院法務委員会での答弁

その小泉法務大臣が、6月11日の参議院法務委員会で、鈴木宗男議員の質問に答えて、驚くべき答弁を行った。

それまでにも、鈴木議員は、大阪地検特捜部のプレサンスコーポレーション事件などで、最近多発している検察官の取調べをめぐる問題について、同委員会での質問を続けており、11日の質疑は、その締めくくりとして、検察官の取調べをめぐる不祥事についての法務大臣の姿勢を質したものだった。

小泉法務大臣は、検察官の法的地位について

検察官は、一人一人が検察官庁としての法的地位を持っています。最終決定者です。一人一人の検察官が実は国家権力の最終行使者になっています、その案件については。ですから、法務大臣といえども、そこへ入ってはいけない、入ってはいけない、個別の問題については入れない、それが検察庁法の14条の趣旨であります。独立性を持っているわけです。

と説明し、それに対して、鈴木議員から

14条の但し書には、法務大臣は検事総長を通じて物を言えるんですよ。大臣、但し書を読んでみてください。

と言われ、次のように答弁した。

個別的な指揮権は個々の検察官には行使できない、ただし検事総長に対してはできる、それはそう書いてございますよ。それはそう書いてありますが、それは、検事総長が法務大臣をなだめるためにそういう規定を置いているんです。これは講学上、検事総長が、一対一で、ちょっと冷静になってくださいと、介入しないでくださいという政治家を止めるための装備としてその但し書が入っていると、講学上はそのように解釈されています。

小泉法務大臣は、14条但し書の検事総長に対する指揮権の規定について、「検察に介入しようとする法務大臣に対して、検事総長が法務大臣をなだめるための規定、介入しないでくださいと政治家(の法務大臣)を止めるための規定」と断言し、「法務大臣といえども、個別の問題については入れないというのが検察庁法の14条の趣旨」と答弁したのである。

これは明らかな誤りである。

検察庁法14条の「正しい解釈」

法務大臣は、検察庁法14条本文の「一般的指揮権」で、検察事務の処理方法に関する一般的基準を指示したり,犯罪防止のために一般的方針を訓示したり,法令の行政解釈を示したり,個々の具体的事件について報告を求めたりすることができるが、同条但し書の「個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」との規定により、具体的事件に関しては,法務大臣は検事総長のみを指揮し、検事総長が部下検察官に対して有する指揮監督権(検察庁法7条1項)を媒介としてのみ,個々の検察官の行う検察事務に干渉しうるとされている(新版検察庁法逐条解説85頁参照)。

検事総長の上司である法務大臣が具体的事件について検事総長に対して指揮をした場合には,重大かつ明白な瑕疵がない限り,国家公務員法98条1項に基づき,検事総長は法務大臣の指揮に従うべきこととなる。

この「検事総長のみを指揮することができる」という規定について、以下のように解説されている。(【弁護士山中理司のブログ「検察庁法14条に基づく法務大臣の指揮権」】

検察庁法制定当時の検察内部の意見は「検察庁は内閣の外に立つ独立機関たるべしという意見が圧倒的だった」(出射義夫『検察の面でみた刑事訴訟法の25年』―『ジュリスト』昭49・1・1 )。彼らは、昭和戦前期の「検察権の独立」の観念に強く支配されていたので、戦後憲法のもとで政党内閣が常態化し、政党出身の司法大臣が検察組織に君臨することを病的に警戒していた。
他方において、在野には戦前の検察ファッショ復活への警戒感が根強く、また何よりGHQ(占領軍最高司令部)が検察の民主的統制に強い関心を持っている以上、統帥権の独立にも似た検察権の独立を表立って維持することは難しいという判断も、司法省内にはあった。
そうした政治状況の中で、実際に出来上がった「検察庁法」は、政党出身の司法大臣を容認する代わりに、検事総長の任命には国会の関与を排除し、また司法大臣の監督権限を制限する条項(現14条)を設けて、検察への「一般」的指揮権を認める一方、個々の捜査については検事総長を通じてのみ指揮できる、という妥協案に落ち着いたのだ。

この点については、過去に、法務大臣の答弁が行われている。

【平成元年3月27日参議院本会議における高辻正巳法務大臣答弁】

指揮権の発動と申しますのは、検察庁法14条ただし書きの検事総長に対する法務大臣の指揮を指して言われるものと思いますが、この検察庁法十四条の趣旨は、一般に、国の検察事務を分担管理し、その機関の事務を統括する法務大臣の行政責任と、司法権と密接不可分の関係にある検察権の独立性の確保の要請との調和を図る点にあるものと考えられております。
そういうことからしますと、法務大臣がいわゆる指揮権を発動する場合は、検察権が不偏不党、厳正公平の立場を逸脱し、その他、検察事務を所掌し遂行する法務大臣がその責任を全うし得る限度を超えて運営されるというような特殊例外的な場合に限られるべきものであり、そのような特殊例外的な場合においては、法務大臣はその行政責任を全うするためにその指揮権を行使して正すべきものは正さなければなりませんが、そのような場合でないのに法務大臣がいわゆる指揮権を発動することはなすべきでないと考えております。その意味で、法務大臣は検察庁法第14条ただし書きの検事総長に対する指揮権をむやみに放棄するわけにはまいりません。
しかし私は、検察が今後ともよくその職責を果たし、法務大臣が指揮権を発動したりその他これに制肘を加えなければならないような事態が生じることはないものと信じております。

小泉法務大臣の「指揮権答弁」は前代未聞の重大な誤り

要するに、検察庁法14条但し書による指揮権は、「法務大臣が検事総長に対して具体的事件について指揮しうる権限」であり、司法権と密接不可分の関係にある検察権の独立性の確保の要請との調和を図るために、個々の検察官に対してではなく、検事総長のみを指揮の対象にすることにしているが、それは、検察官の権限行使に対する法務大臣の指揮権自体を否定するものではない。

小泉法務大臣が答弁で述べた「(検察庁法14条但し書は)検事総長が法務大臣をなだめるための規定」「ちょっと冷静になってくださいと、介入しないでください」と止めるための規定などというのは全くの珍説である。

このような「検察官との関係を規定する検察庁法14条について誤った解釈による答弁」が、法務官僚が事前に用意していたものとは思えない。おそらく、小泉法務大臣個人の考えを述べたものであろう。しかし、そうであれば、法務大臣の横にいた松下裕子刑事局長は、その誤りを是正しなければならなかった。全く何の反応もしなかった松下刑事局長も、その職責を果たしたとは言えない。    

しかも、この法務大臣としての「指揮権についての誤った答弁」には、昨年12月から問題となってきた「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」とも関連するし、それまでの参議院法務委員会での検察をめぐる問題に対する答弁とも関連する。

「自民党派閥裏金事件」と小泉法務大臣

冒頭で述べたように、昨年12月、小泉法務大臣は、

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

と述べて、二階派から離脱した。

その時点では、法務大臣として検事総長への捜査の指揮権を持つことを前提にしていたのであり、上記の参議院法務委員会での答弁とは明らかに前提が異なる。

なぜ、そのように前提を変える必要があったのか、それは、二階派を離脱したとは言え、捜査の対象になる可能性が否定できなかったことから、敢えて自分が法務大臣として個別事件についても検事総長を指揮できる立場であることを否定したかったからとしか思えない。

それは、法務大臣としての自分の地位を守るために、自らの権限について法律上誤った考え方をとり、その考え方で国会答弁を行ったということであり、法務大臣として到底許されることではない。

検察官の取調べをめぐる問題についての法務大臣答弁との関係

前記の小泉法務大臣の答弁は、それまで数回にわたって、参議院法務委員会で鈴木宗男議員が、最近多発している検察官の取調べをめぐる問題について法務大臣としての対応を質してきたことを踏まえ、締めくくりとして、法務大臣指揮権について改めて確認したのに対する答弁だった。

それまでの鈴木議員の質問では、

  • 弁解録取の手続で、被疑者が被疑事実は自分の認識と違うということを言っているのに、それをそのまま弁解録取書に取らないで、あたかも被疑事実を自白しているような弁解録取書を作成して署名させたということで最高検監察指導部に調査要請された事例
  • 在宅の被疑者に対する特捜部の検察官の取調べについて録音、録画されていない、被疑者が言ってもいないことを調書に取ったり、一部を切り取って事実を歪曲して調書に取ったということで弁護人から抗議を受け、弁護人が最高検に抗議したのに対し、特捜部側が、その被疑者の会社の社長を呼び付け、書面を撤回しろとか、わび状を出せというような要求をして、実際にわび状を出させたことが、刑事裁判での被告人の最終陳述で明らかにされた事例
  • 女性検事が、不当なやり方で自白を迫り、それに応じないとなると、延々と説教して『中学生でも悪いことをすれば反省する。あなたには反省がない。小学校で宿題をやらなかったでしょう』などと発言した事例

など、最近発生した問題について事実確認し、法務大臣に見解を求めたほか、既に公になっている、プレサンスコーポレーションの事件で恫喝まがいの取り調べの実態が問題になったこと、大川原化工機の事件では、人質司法のため被告人が胃癌が悪化して死亡した後に公訴取消しになったこと、河井元法務大臣の買収事件では、東京地検特捜部の検事が不起訴を示唆して供述を誘導したことなどについても、法務大臣として、調査を指示したり、是正のための措置をとる必要があるのではないかと質した。

このような鈴木議員の質問に対して、小泉法務大臣は、

個別事案に対する指揮権と境を接する問題

だと述べて、そのような事案に対して法務大臣として対応することを全て否定した。そのような小泉法務大臣の答弁が、すべて、前記の

「検察庁法14条但し書の指揮権は、検事総長が法務大臣をなだめるための規定」

という解釈を前提にしていたとすると、すべての答弁に重大な問題があったことになる。

少なくとも、検察に関する問題について、小泉法務大臣は、全く職責を果たしていなかったということなのである。

【前掲記事】でも指摘したように、検察庁法上は、指揮権の行使の範囲についての制約はないが、通常の犯罪に対しては、証拠を収集・評価して事実を認定し、情状に応じた処罰を求めるだけで足りるので、ほとんどの刑事事件の捜査・処分については、法務大臣が介入する必要はないし、敢えて介入した場合には、政治的意図による不当な干渉だと批判されることになるので適切ではない。しかし、例外的に、「法務大臣が指揮権の発動を検討すべき場合」もある。それは刑事事件の捜査・処分について、検察だけで判断を行うことが適切ではない場合、その責任を負えない場合である。そのような事件については、法務大臣に報告して、その判断を求めることが必要となる。

「外交上の判断」が必要な刑事事件の捜査・処分

その典型が、事件が外交問題に密接に関連し、捜査・処分によって外交上の影響が生じる場合である。

検察には外交の専門家はいないし、外交関係に関する情報もない。その判断が適切ではなかった場合の責任を検察が負うことはできない。外交上の判断は、外務省を所管官庁として、内閣が国民に対して責任を持って行うべきであり、個別事件の捜査・処分においてそのような外交上の判断が必要な場合には、内閣の一員である法務大臣が総理大臣との協議の上で、検察に対して指揮を行うことが必要となる。

その例が、2010年9月に起きた尖閣列島沖での中国船の公務執行妨害事件である。中国船船長の釈放を決定した際の会見で、那覇地検次席検事が「最高検と協議の上」と述べた上で、「日中関係への配慮」が釈放の理由の一つであることを明らかにしたが、これは、指揮権発動により、内閣が責任をもって判断すべき事案であった。

検察不祥事と法務大臣の指揮権

また、問題の性格上、検察内部だけで判断するのが適切ではなく、法務大臣が指揮権に基づく介入を積極的に行うことが求められる場合の典型が、検察官の職務上の犯罪が検察の組織自体の不祥事に発展した場合である。

検察官による刑事事件が発生した場合、人事管理権者として、その事実を把握し、懲戒処分を行うことについての最終的な責任を負うのは法務大臣である。

定型的に処理可能な刑事事件の場合には、検察の組織内で「法と証拠に基づいて適切に処理する」ことに委ねれば済むであろう。しかし、検察官の権限行使としての職務に関して重大な犯罪の嫌疑が表面化した場合、他の検察官・上司が共犯者となることもあり、また、背景・原因に組織自体の問題が存在することも考えられる。このような事件を「検察の組織としての独立性の枠組み」で処理することには限界がある。

2011年に、東京地検特捜部が小沢一郎衆議院議員に対する陸山会事件の捜査の過程で、石川知裕氏(陸山会事件当時の小沢氏の秘書・捜査当時衆議院議員)の取調べ内容に関して特捜部所属の検事が作成して検察審査会に提出した捜査報告書に、事実に反する記載が行われていた問題で、2012年6月27日、最高検察庁は、虚偽有印公文書作成罪で告発されていた担当検事、特捜部長(当時)など全員を、「不起訴」とした。

この事件は、検察が組織として決定した小沢一郎氏の不起訴を、東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、検察審査会を騙してまで「起訴すべき」との議決に誘導した「前代未聞の事件」だった。

これに対して、当時の小川敏夫法務大臣は、不起訴処分の前に、検事総長に対して指揮権を発動して厳正な対応を求めようとしたが、野田佳彦総理大臣に止められたと、退任時の記者会見で明らかにしている。

このような「検察不祥事」に対する対応は、法務大臣の指揮権に基づく対応を検討すべき典型的事例と言うべきであろう。

小泉法務大臣と任命権者の岸田首相の重大な責任

小泉法務大臣の検事総長に対する指揮権に関する誤った国会答弁の問題は、極めて重大である。このままこの答弁を議事録に残すことなどあってはならない。法務大臣答弁の撤回は不可欠である。刑事局長から、改めて、検察庁法14条但し書について、これまでの政府見解に基づく正確な説明が行われるべきである。

そして、【前掲記事】でも指摘したように、政治情勢に重大な影響を及ぼす検察捜査について、「検察の暴走」という事態も、決してあり得なくはない。その場合、「検察の暴走」を止めることができるのは法務大臣の指揮権しかない。しかし、かつての造船疑獄のときの犬養法務大臣の指揮権発動のように、法務大臣の指揮権が検察の意向に反した形で行使された場合には、「検察捜査への介入」が世論の強い批判を浴び、法務大臣の責任のみならず、内閣自体の責任にも発展することになる。

法務大臣がこのように検察捜査に対して介入するとすれば、「政治家としての立場」というより、法務省のトップとして、法務省の組織としての検討に基づき、客観的中立的な立場で行うものであることが強く求められる。その法務大臣が、捜査の対象となっている派閥、自民党の政治家であれば、法務大臣が指揮権について判断するのは利益相反そのものであり、そのような状況においても公正で客観的な判断が可能で国民が信頼できる人物でなければ、法務大臣の職責を果たすことはできない。このような場合には、十分な法律の素養があり、これまで法務・検察とも、政治とも関係が希薄であった民間人が適切である。

法務大臣にとって検事総長に対する指揮権は、外交に関する問題や検察に関する問題などの例外的な刑事事件に関して、極めて重要な権限であるのに、それについて全く誤った認識・理解をしている小泉氏が、昨年9月の大臣就任以来、「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」という、政治的影響の極めて大きい事件の捜査・処分が行われた期間も含め、10か月にわたって法務大臣の職にあることは、重大な問題だ。

岸田文雄首相の任命責任も含め、厳しく責任が問われるべきである。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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