Yahoo!ニュース

天皇杯で筑波大学が町田戦で大番狂わせ。サッカー選手の「口の利き方」は問われるべきか?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 天皇杯2回戦、J1リーグで首位を走るFC町田ゼルビアが、筑波大学に1−1のPK戦の末に敗れるという波乱が起きている。サッカーの醍醐味と言えるようなジャイアントキリングだった。

 一方で、町田を率いる黒田剛監督の言動が波紋を呼んでいる。「危険」と感じるチャージを自軍の選手が受け、けが人が出て、二人も骨折しただけに憤りもあるのだろう。自軍を守るためにジャッジを批判するのだったら、それは(考え方次第だが)一つの正義だったが・・・。

「タメ口」

「大人に向かって配慮を欠いていた」

「指導教育ができていない」

 黒田監督は、「(筑波大学の選手の)口の利き方」にまで苦言を呈している。青森山田高校で教育者だった黒田監督らしいと言える。大人に対して無礼、マナーが悪い、ということだが…。

 そもそも、サッカーのピッチにおける「正しい口の利き方」はあるのか?

ピッチで起きたことはピッチで収める

 スペインのサッカー界には一つの不文律がある。

「ピッチで起きた、いかなる諍いもピッチ内で収める」

 サッカーは戦場に近い。激しいコンタクトプレーが積み重なると、お互いの言動が行き過ぎてしまうこともある。日常では許されない暴言も出る。そこで、ピッチ内でのテンションは特別なものである、という認識で許容させ、外には持ち出してはならない、という暗黙の了解だ。

 激しい格闘が前提であるが故の原理原則と言えるか。一つの可能性として、接触プレーの中で激しさの強度が増し、不運な結果を招くこともある。その諍いで、罵倒が飛び交って殺伐とした展開にもなることもあり得る。それはコンタクトのある戦いの場では、自然な現象なのだ。

 スペインで礼儀として重んじられるのは、むしろ勝者の振る舞いである。

「敗者を侮辱すべきではない」

 かつて、FCバルセロナで偉大なキャプテンとして活躍したカルレス・プジョルは、それを誰よりも体現した。味方が相手を侮辱する行動をすると公然と叱りつけ、例えば大量得点後、おちゃらけたゴールパフォーマンスをするブラジル人選手を許さなかった。荒っぽいプレーを仕掛けてくる相手も多かったが、それを真っ向から叩き潰し、模範を示した。

 ピッチでは平等なのだ。

 あるのは、勝者と敗者の形だろうか。

正しい口の利き方などない

 ピッチという戦場では、一時的にあらゆるステイタス、序列がなくなる。いわゆる真っ向勝負だ。

 結論から言うと、「正しい口の利き方」はピッチに存在しない。それが世界のスタンダードである。人種差別に関することや脅迫まがいのことでなければ、口の利き方が問われることはない。プレー中にタッチラインで「教育指導」を受け、それでペコペコと頭を下げる、それは異常事態。同じ舞台に上がった限り、そこに序列は存在しないからだ。

 スペインでは下部リーグに、トップクラブのセカンドチームが在籍し、リーグ戦を行なっている。彼らの平均年齢は大学生と同じか、むしろ若い。大人の選手たちが彼らに敗れることは一つの屈辱である。もし負けて「口の利き方が悪かった」と指揮官が言ったら、噴飯ものだろう。若い集団に教えを説くには、勝利によって叩き潰すしかない。

 サッカーはルールのあるスポーツで、ジャッジがいる。彼らがミスをすることもあって、微妙な判定もある。そこに口を出すかどうかは、指揮官の判断だ。

 しかしながら大人への配慮などを求めたら、戦いの場に歪みを生むことになってしまう。ジャッジへの批判は一つの正義だったにしても、大学生への教育と一緒くたにすべきではなかった。同じ舞台で戦った相手に対し、傲慢に映るからだ。

 開幕以来、黒田監督が率いる町田の戦いは、一つの成功モデルをJリーグで提示している。「反則スレスレの激しいディフェンス」「ロングスローなどセットプレーに特化した効率重視」「蹴る展開が多くて退屈」。そんな批判の声もあるが、それらは的外れである。覆せない対戦チームの惰弱さでしかない。

 町田は彼らの正義をピッチでぶつけ、結果を残していたはずだ。

 自分たちの戦いを肯定するためにも、たとえラフプレーがあっても(ルール内だったのだから)格闘精神を賞賛すべきだった。そもそも、学生を相手に危険なプレーに及んでいたのは町田も変わらず、そのせいで学生が触発されたのもあったかもしれない。その点、自滅も同然だ。

 一つだけ言えるのは、教育者然とした年長者意識とジャッジへの批判や選手保護の観点からのラフプレー非難を切り離すべきだった。

 筑波大の選手たちは、すばらしい勝利を掴み取ったと言える。J1首位の相手を倒す。それは痛快な大番狂わせだった。

「おめでとう」

 彼らに贈られるべき言葉だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事