背番号「51」の歴代トップ3は、ランディとイチローと3人目は誰?

バーニー・ウィリアムズ May 16, 2005(写真:ロイター/アフロ)

 背番号「51」の歴代トップ2は、ランディ・ジョンソンイチローだろう。では、トップ3を選ぶ場合、3人目は誰なのか。

 ベースボール・リファレンスによれば、背番号「51」のユニフォームを着た選手のなかに、通算WAR50.0以上は3人いる。101.1のランディと59.4のイチロー、56.4のジョニー・デーモンだ。けれども、この数値は、別の背番号でプレーした期間も含んでいる。デーモンの背番号「51」は、メジャーリーグ1年目だけ。18シーズン中14シーズンは背番号「18」だった。

 WARがどういうスタッツなのはなのかは、昨年3月に「大谷翔平からメジャーリーグを観ようと思っている人へ【その7】野手と投手を比較できるWARについて」で書いた。今回は、ベースボール・リファレンス版のWARを用いている。

 5シーズン以上、「51」を背負ってプレーしたのは37人だ。そのうち、ランディとイチローを含む8人が、WAR20.0以上を記録した。これに従えば、トップ3の3人目は、49.6のバーニー・ウィリアムズとなる。

筆者作成
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 1991年から2006年まで、バーニーはニューヨーク・ヤンキース一筋にプレーし、背番号もずっと「51」を使用した。ランディはバーニーとチームメイトとして過ごした時、背番号「41」のユニフォームを着て投げた。イチローがヤンキースでプレーした時、バーニーはすでに引退していたが、イチローは背番号を「51」ではなく「31」とした。バーニーの背番号が欠番になったのは、イチローがヤンキースを去ってからだ。

 もっとも、バーニーはクーパースタウンの殿堂には入っていない。2度目の選考で得票率3.3%に終わり、記者投票にかかる権利を失った(1度目は9.6%)。殿堂選手ということで背番号「51」のトップ3を選べば、ランディとイチロー、トレバー・ホフマンとなる。ランディとホフマンはすでに殿堂入りしていて、イチローがそこに加わることは間違いない。

 あと1人、捨て難いのがウィリー・マギーだ。WAR34.2はバーニーより下だが、ホフマンの27.9を上回る。イチローと同じく、マギーも首位打者を2度獲得し(バーニーは1度)、外野の守備ではゴールドグラブを手にした。また、MVPを受賞した背番号「51」は、イチローとマギーしかいない。

 セントルイス・カーディナルスをはじめとする4球団のいずれでも、マギーは「51」を背負ってプレーした。メジャーリーグで10シーズン以上プレーし、キャリアを通して背番号「51」以外のユニフォームに袖を通さなかったのは、バーニーとマギー、テリー・フォースター(5球団)とマイク・ゴンザレス(6球団)の4人だ。ホフマンは背番号「34」の時期がある。1993年にフロリダ・マーリンズからデビューした時は背番号「51」だったが、6月下旬にサンディエゴ・パドレスへ移り、背番号「34」となった。翌シーズン以降の背番号は、引退するまで「51」だった。パドレスは背番号「51」を欠番としている。

 アリゾナ・ダイヤモンドバックスでも、ランディが使用した背番号「51」は欠番だ。シアトル・マリナーズも、ランディとイチローに続く背番号「51」の選手は現れないだろう。カーディナルスでは、2001年にバド・スミスが「51」を背負ってデビューしたものの、ファンの不興を買ってすぐに変更。この年の9月に、スミスは背番号「52」のユニフォームでノーヒッターを達成した。現在は、アシスタント・コーチを務めるマギーが、背番号「51」を使用している。

 今のところ、ランディやイチローはもちろん、ホフマン、バーニー、マギーと肩を並べそうな背番号「51」の選手は見当たらない。ちなみに、現役選手で背番号「51」のキャリアが最も長いのは、マック・ウィリアムソン(サンフランシスコ・ジャイアンツ)の5年目だ。ジェイク・マギー(コロラド・ロッキーズ)とカーソン・フルマー(シカゴ・ホワイトソックス)の4年目が、それに次ぐ。背番号「51」の2人のマギーに、血縁関係はない。