Yahoo!ニュース

「大谷翔平は英語で語りかけるべき」との炎上コメントは不用意で不適切だったが、真でもあった

豊浦彰太郎Baseball Writer
間違いなく、2021年MLB球宴は彼のものだった(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

日米の野球ファンを巻き込んだ大谷翔平フィーバーの最中に、ESPNのアナリストであるスティーブン・A・スミスが発した「彼は通訳を介さず英語を話すべき」という趣旨のコメントが大炎上した。もっとも、その発言は不用意で不適切だったが、真でもあった。

まず、正論を言えば、英語を話すか、通訳に頼り続けるかは大谷自身が決めれば良いことで、彼がどちらを選択しても周囲がとやかく言うことではない。

また、もともとアメリカでは言語も含めた文化や民族、宗教、人種に関わる問題はとてもセンシティブなトピックだ。特に、黒人差別問題や COVIDでのアジア人への偏見と暴力が社会問題になっている昨今では、(それが良いことかどうかは別にして)エスニシティに関する話題にはなるべく触れないのがセオリーで、賢明だ。

イチローの現役時代、彼の卓越したバットコントロールをアジア人の箸の使い方(ナイフとフォーク文化のアメリカ人からすると、芸術的にすら見える)に擬え賞賛した現地解説者のコメントが炎上したことがあった。「アジアの食文化を茶化している」というのだ。別にそこまで気にすることはないんじゃないの?と、当時ぼくは思ったが、それがアメリカでの人種、民族問題に関する緊張感なのだ。その意味でもスミスは不用意だった。

しかし、彼が口を滑らせたその内容は真実でもある。

やはり、上手か下手かは別にして、英語でメディアに、そしてその向こうのファンに語りかけた方が響くというものだ。いつまでも、通訳に頼っている、日本語しか話さない、という行為は「これ以上、みなさんとの距離を縮める意思はありません」と線引きをしているようなもので、一般論としてこれは損である(もちろん、最終的には彼自身が判断すれば良いことだが)。

球宴のMVPで、前半戦での本塁打数が大谷に次ぐリーグ2位のブラディミール・ゲレーロ・ジュニア(ブルージェイズ)のお父さんブラディミール・シニアはドミニカ共和国出身で、殿堂入りの元名選手だ。怪物級のパワーと鉄砲肩、そしてダチョウのような脚力を誇る野性味あふれる偉大なプレーヤーだったが、性格はシャイそのもので最後まで公の場で英語は話さなかった(話せなかった)。2019年には、クーパーズタウンでの殿堂入り式典で、英語以外でスピーチをした初めての人物になった(イチローが2人目になるのだろうか)。

彼の場合、現役時代にその実力に見合う注目と評価を必ずしも得られたとは言えない。それは、キャリアの前半をモントリオール・エクスポズという、もっとも地味な球団で過ごしたことに加え、英語でファンに語りかけることがなかったことも少なからず影響したと思う。

ゲレーロ・シニアとは異なり、大谷翔平の場合は英語を話さなくても、すでに十分すぎる程世間の注目を集めているが、これに英語が加われば、人気はさらに高まるだろう(それを大谷自身が望んでいるかどうかは別だが)。ESPNのスミスのような報道サイドの人物からすれば、もったいない、と感じるのも自然なことだ。特に、ホームランダービーの最中でも、元同僚のアルバート・プーホルス(現ドジャース)から掛かってきた電話に受け答えできるだけのコミュニケーション能力があるなら。

スミスと同じESPNのライターであるジェフ・パッサンは「大谷のパフォーマンスは言葉以上にファンに語りかける」と自身の記事で述べたが、それを言っては身も蓋もない。フィールド上の活躍と、ファンにどう語りかけるべきかは分けて考えるべきだろう。

このような議論の際に必ず指摘されることに、「(通訳なしでは)微妙なニュアンスが伝わらず、誤解を招くことを避けたい」というものがある(大谷はそうは言っていないが)。しかし、しょせん野球の試合の前後でのインタビューだ。別に法律の解釈や難しいビジネスの交渉ではない。言ってしまえば、そのコメントのほとんどは紋切り型で対応できる。それほど恐れることはないと思う。大谷の場合どうかはわからないが、一般的には日本人が「微妙なニュアンスが・・・」ということを英語を話さない理由にしている場合、本当は人前で恥をかきたくないだけであることが多い。実際は、発音が良くなくても文法的に誤っていても気にすることはないのだが、そう思い込みがちなのは残念なことだ(大谷がそうだと言っているのではない、念のため)。

大谷の場合、最終的には自分にとってカンファタブルな手段を採ればよいだけなのだが、通訳のイッペイさんとのコンビがあまりにも定着してきたこともあり、この先英語で直接語りかけるタイミングを逸したな、という感じがあるのがチト心配だ。仮に、大谷が水原通訳なしで現れるとなると、「すわ、大谷の英語スピーチだ」と日本メディアが殺到するだろう。それは、本人にとって、とても大きな負担になりそうだ。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

豊浦彰太郎の最近の記事