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「ちょっとLAにMLBのオールスター観に行ってくる」その2 ードジャー・スタジアムにこだわったー

豊浦彰太郎Baseball Writer
竣工60周年を迎えても、依然最も美しいボールパークのひとつに挙げられる。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

さて、今回渡米を決めたのは、前回記したように「もう2年半近くも日本に閉じ込められている」とか「球宴やポストシーズンを現地観戦したことがない」ことが主な理由だが、付け加えるなら、ドジャー・スタジアムでの球宴はそもそも2020年に予定されていたもので、それを現地で観戦するつもりだったことが挙げられる。

ところが2020年は、コロナと労使紛争でシーズン開幕が7月下旬までずれ込み、さらに無観客開催となったことで、球宴自体がキャンセルされ(最終的に2022年にリスケされた訳だ)、ぼくの計画は水疱に帰している。いわば、今回はリベンジなのだ。

また、この7月に開催される球宴は、ドジャー・スタジアムでは42年ぶりだ。前回1980年のそれは、今でも良く覚えている。MVPはレッズのケン・グリフィー(シニアですぞ!)だった。そして、ナ・リーグの先発投手はアストロズの「怪人」JR・リチャードで、彼の豪速球と鋭いスライダーに、レジー・ジャクソンらのア・リーグのスラッガー達はキリキリ舞いさせられた。しかし、そのリチャードは球宴数週間後、試合前の練習中に動脈瘤で昏倒。一命は取り留めたが、事実上そのキャリアを絶たれた(昨年死去)。

現在は、球宴開催場所は営業的観点も含め戦略的に決定されているが、1980年当時は原則「持ち回り」だった。したがって、次のドジャー・スタジアムでの開催は、理論上21世紀最初のディケイドのどこか(当時は26球団制)だったが、1990年代から新球場建設ラッシュとなり、ご祝儀的に開催を優先すべき球場が増えたことなどにより、2020年(結果的には2022年だが)まで伸びてしまったのだ。

前回開催の1980年、ぼくは高校2年生だった。漠然と「将来、大リーグのオールスターを観に行きたいなあ」と思ったことはあるが、何せそのころはまだ飛行機にすら乗ったことがなく、この夢はいわば「将来、ランボルギーニ・カウンタックに乗りたい」と同じレベルの夢想だった。

しかし、それでも夢は夢だ。もし、今回の機会を見送ったらどうだろう。次は流石に42年後の2064年よりも早くドジャー・スタジアムで開催されるだろうが、現在アラカンのぼくは、もうその時はこの世に居ない可能性が高い。

と、いうことで敢えて今回「ちょっと行ってくる」のだ。そのため、まずは航空券を手配した。きょうび、航空券は燃料代の高騰やコロナに起因する利用者減で相当高くなっているが、格安エアラインに救われた。

その1はこちら https://news.yahoo.co.jp/byline/toyorashotaro/20220607-00299724

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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