「MLBは危機感を」田中将大の楽天復帰から学ぶべきもの

ピンストライプでの雄姿が見れないのは寂しい(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

ヤンキースからFAとなった田中将大の古巣楽天への移籍が発表された。このことに関し、われわれファンが認識しておくべきことがいくつかある。

「まだ十分活躍できる」段階での帰国

渡米した日本人選手がMLBで活躍後NPBに復帰した例は少なくない。しかし、田中のようなケースは極めて稀だ。ほとんどの選手は程度の差こそあれ、「お払い箱」になって帰国している。その中での例外が、2014年限りでヤンキースを退団し広島に復帰した黒田博樹のケースだ。最終シーズンも黒田はしっかりローテーションを守り199回(同球団での3年間で計620回)を投げていた。しかし、その黒田にしてもその時点で39歳。そこから先、自身のキャリアが決して長くはないことを認識した上での判断だったと思われる。

しかし、田中は32歳。まだまだメジャーの第一線でやって行けるはずだ。そんな田中の帰国の決断はやはり驚きだった。

進路の判断基準は十人十色

楽天との契約期間は2年間で、単年9億円プラス出来高と伝えられている。メジャーは、コロナ禍で今季の開幕に不安要素が大きく、そのためFA市場は停滞気味で、田中も自身の希望に合致するオファーがなかったとされる。しかし、2年契約で平均860万ドル(約9億円)&インセンティブまで許容条件を落とせるならメジャーで今季もプレーすることは十分可能だったはずだ(昨年同様に短縮シーズンとなり、年俸も減額される懸念はあるが)。

その意味では田中の決断は驚きなのだけれど、そもそも野球選手が進路の決めるに当たっての判断材料は、報酬や優勝の可能性に関することだけではない。田中の場合は、連日、日本での感染者数並みの死者が出ているアメリカでこの先数年を過ごすことへのリスクはもちろん、異国でのお子さんの教育問題もあるかもしれない。いわんやヤンキースとの再契約の道が途絶えたとなると、ニューヨーク以外で暮らさねばならない。メジャーリーガーとして全米を廻っては来たが、基本的には試合をしに行っているだけ。見ず知らずの街での生活(とくに現状では)への不安はかなりのものがあったはずだ。古巣楽天への思いは当然だが、それ以外にも思いつくまま挙げてみても数多くある。

6年前の黒田のケースでは、メディアの論調はメジャーの高オファーを蹴っての古巣復帰に「カープ愛」「男気」一辺倒だった。もちろんそれはかなり重要な要素であったと考えられるが、それ以外にも複数の要因があったと考えるのが自然だ。

報酬額への拘りは本来相対的である

単純に金額だけを比較するなら、アメリカで前述の楽天の提示額を上回る条件はあったと考えるべきだろう。しかし、それらを田中は許容しなかった。田中の過去の実績、現在の実力、今後数年の潜在力の価値からすると、それは当然だ。

しかし、楽天のオファーは受けた。それは、NPBでは最高額であったからで、9億円という数字そのものに価値を見出したからではないと思う。いくらで充足を感じるかは同じ環境下の他者との相対で決定するもので、ヤンキースでの7年間で1億5500万ドル(から昨季のシーズン短縮分プラスアルファを引いた額)も稼いだ彼の場合、新しい環境での最高額であれば許容できたと考えるべきだろう。逆に言えば、菅野智之と同じ8億円であったなら、田中は首を縦に振れなかったのではないか。

MLBは危機感を抱くべき

最後に本件をMLB側から見てみよう。短縮シーズンの昨季を除き、渡米以降6年連続で2ケタ勝利を挙げ、まだこれから先数年も活躍できる堅実な先発投手に見放された、ということは少々重く捉えるべきだろう。

同じFAでも昨季のナ・リーグ サイ・ヤング賞投手トレバー・バウアーの契約先がまだ決まらない、ということならまだ理解できる。年平均3000万ドル級の中・長期契約での攻防となるなら、そう簡単に纏まらないのが当然だ。投打の違いはあるが、19年スプリングトレーニング中にやっとフィリーズとの契約が成立したブライス・ハーパーのケースなどその典型と言える。

しかし、田中はそこまでの超大物ではない。一部の限られたリッチ球団しか到底払えないほどの条件が必要になる訳ではない。でも、田中の契約は成立しなかった。仮に提示額が希望より少々低くても今季は単年契約でどこかのメジャー球団に所属し、翌年以降に再度高額契約にチャレンジしよう、と思わせるほどの魅力が今のMLBにはなかった、という見方もできる。それはMLBに蔓延する過剰なマネーゲームゆえかもしれない。現在の停滞したFA市場と労使のウンザリさせられるいがみあいのせいかもしれない。いや、それ以外かもしれない。しかし、これは重く受け止めるべきだろう。